Secret 30
厄介なお話ですのに、読んで頂けて本当に感謝しています。
さて、13日に更新しました前回の29話ですが、ブログ村様にて、かなりの時間更新が反映されていなかったようです。
ですので念の為、お読み飛ばしがございませんように、ご注意下さいませ。
それでは、30話も引き続き宜しくお願い致します。
久方ぶりに会うお義母様を玄関に招き入れ、頭を下げる。
「ご無沙汰しております、お義母様」
「お久しぶりね、牧野さん」
牧野────その呼ばれ方に胸が一気に冷えた。
「何しにここへ?」
一緒に玄関で出迎えた司は、口調は落ち着きながらも、顔を見るなり穏やかではない眼差しを向けている。
そんな司を制して、お義母様には部屋の中へと上がってもらい、ソファーを勧めた。
「皆さんがいらしているところを失礼するわね。時間は取らせません。司さん、牧野さん、大河原さん、三条さん。お話があります」
有無を言わせぬ威圧感と、その存在感。
オーラが障壁にでもなっているのか、踏み込ませない何かがあって、いつまで経っても慣れない私は、名前を呼ばれるだけで背筋が伸びる思いだ。
呼ばれた私達はお義母様の前へと座り、他の三人は遠巻きにそれを見ていた。
「さっきから牧野って呼んでるのは嫌味か? つくしは道明寺だ!」
お義母様の話を聞くより先に、声を荒げる司。
辛うじて落ち着いた口調を保っていたのに、限界は早くも訪れたらしい。
「今日は、ビジネスのお話をしに伺いました。牧野つくしさんにお仕事をお願いしたいと思いまして」
司の不満を聞き流し、表情も声音も乱さずお義母様が言う。
仕事だから、牧野つくし、として線引きしているのだろうか。
それにしても仕事だとは思ってもみなかった。
桜子は把握していたのかと、顔を見て確認する。しかし、何も知らないようで、小さく首を振りサインを寄越した。
「ビジネスの内容とは、どのようなものでしょうか」
肝が座っているのか、いつもと変わらない様子で桜子がお義母様に斬り込む。
「牧野さんの事務所にも招待状が送られていると思いますが、来週行われるメープル東京の創立パーティーで、牧野さんには、司のパートナーを務めて頂きたいのです」
結婚する前から知らされていた、このパーティー。
でも、本当に私が?
例え、結婚しているとは言え、世間には内緒にしている身だ。
あくまで招待客の一人であると認識していた。
戸籍上、道明寺でありながら、他人のように招待を受けたことに多少の寂しさを感じたのも事実だけど、今の状況では、それも仕方のない事だと受け止めていた。
そして、司のパートナーを務めるのは、てっきり滋さんだとばかり……。
「いいのか?」
信じられないのは司も同じのようで、お義母様を探るように見ている。
「これはビジネスです」
そう答えたお母様に、黙っていた滋さんが口を開く。
「お言葉を返すようですが、二人を公の場に出すのは、あまりに無謀かと思われます。
もし、二人のことを詮索でもされたら、色々と影響が出るのではないですか?
世間に認められていない二人を出すのは、危険ではないでしょうか」
───世間に認められていない。
躊躇わずに放たれた一言が胸に堪える。
「滋っ、黙ってろっ!」
透かさず声で制圧しようとした司と、
「世間に認められていない夫婦ではなく、知られていないだけです。しかし、」
冷静に訂正の前置きをした桜子は、動じもせずに先を進める。
「今の状態で二人を公の場に出すと言う案には、何か意図するものがあるのでしょうか?」
瞬時に私の気持ちを汲み取ってくれただろう桜子は、司の跳ね上がった声も、滋さんの意見をも打ち砕いて、自分の質問としてお義母様に投げかけてくれる。
その気持ちが嬉しくもあり、救いだ。
緊迫を感じずにはいられない、この息苦しさの中では特に。
「牧野つくしさんとメープルは専属契約を結んでいます。メープルの顔として、牧野さんの着たドレスは好評を得ていますし、ウェディング部門の業績も上昇。
今回は、今まで以上に世間に注目される我が社にとって一大イベントです。
話題性も必要ですし、その価値が牧野さんに十分あると判断したまでです。更に、そこで牧野さんが注目を浴びれば、今以上の高い宣伝効果も得られるのですから、何もおかしな判断ではないでしょう。それ以外に他意はありません。
二人のことは、以前にも騒がれましたがすぐに収まりましたし、何も問題はないでしょう。
それとも、他に私を納得させるだけのプランがおありになって? 大河原さん」
滋さんに聞いておきながら、相手には異言を許さない迫力があった。
「いえ…………分かりました」
頷きはしたものの、頭を垂れ唇を噛み締めている滋さんは、きっと納得はしていないはずだ。
「では、宜しいですね。司さん、牧野さん」
「俺はつくしに商品価値を求めてねぇ。そんなものがなくても、俺の隣にいて欲しいのはつくしだけだ」
「道明寺を背負っていく立場にある者が、ビジネス面においてのメリットも考えないその発言には些か疑問が残りますが、司さんの方は一先ず納得したようですわね。牧野さんはいかがかしら」
お義母様からの咎めを受け、怒りが鎮めれないでいる司を目線で窘めたあと、桜子の方に視線を移す。
桜子からの了承の頷きを認めて、お義母様に答えた。
「分かりました。お引き受けいたします」
「では、頼みましたよ。話は済みましたので、私はこれで失礼します」
話が終わるとすぐに立ち上がるお義母様に声をかける。
「お義母様、お口に合うか分かりませんが、宜しければ、ご一緒にお食事でも」
「いえ、結構よ。NYから戻ったばかりですので、屋敷で休みます」
「そうですか。お疲れのところわざわざ申し訳ございませんでした」
「あなたが謝ることではありません。これは重要なビジネスですから」
玄関へ向かおうとしたお義母様は、不意に足を止め、やり取りを見続けていた三人に顔を向けた。
「あなた方も来週お待ちしております。類さんは残念ですが、あなたにとっては大事な経験です。花沢社長もさぞや喜んでいるでしょうね。精進なさるように」
え、類は来れないの?
仕事だろうか。
お義母様に頭を下げている三人を見ながら疑問が掠めたが、直ぐに踵を返したお義母様を追い掛け、思考は中断となった。
お義母様が帰った玄関で一人佇む。
最後までビジネスだと一貫して通されたお義母様。
覚悟はしていたけど、今夜お会いして改めて感じずにはいられなかった。
私は道明寺家の嫁としてではなく、ビジネスに繋がり利益をもたらすかどうか。その判断基準でしか見ては貰えないのだと。
そんな私がいる世界は、所詮水物だ。
不安定な立場の私より、より利益をもたらす人が目の前にいれば、迷わずそちらを選ぶかもしれない。そう痛感する出来事だった。

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