Secret 28
類がつくしの手料理をご馳走になるという今日。
類が総二郎に自慢した結果、皆の知ることとなり、結局は我が家に久々の全員集合となった。
皆が来るなら誰も欠けないように、と三条に伝えたらしいつくしは、恐らくは滋への配慮だ。
その一言がなければ、今の現状を鑑みて、誰も滋の耳には入れなかっただろう。
つくしが次々と作る手料理と、並べてある酒を勝手に手に取りながら、それぞれが話に花を咲かせている。
まだ何やら作っているつくしはキッチンの中で、その間俺は、窓辺に立つ総二郎と三条と他愛もない話をしていた。
「しかし、久々じゃねぇかよ。こうして皆と顔を合わせんのもよ。この家にだって、なかなか俺達招待してくんねぇし、冷てぇんじゃねーの?」
これ見よがしに嫌味を散りばめ総二郎は言うが、当たりめぇだ。俺達の時間を邪魔されてたまるか。
「こうして家に上げてやったんだから、ゴチャゴチャ言うな」
「ツレねぇよなぁ、愛の巣を邪魔されたくねぇしにてもよ、まだ3回しか邪魔したことねぇんだぜ? あんまりじゃね?」
「あ? 3回!?」
眉間に皺が寄る。
こいつ等が家に来たのは、今日で二回目だったろ。
一度目は、NY出張から帰宅した日で、呼んでもねぇのに勝手に上がり込んでた、あの日が初めてじゃなかったか。
「司に言ってなかったっけ!?」
突然の声に振り返ればつくしだった。
「司がNY出張で留守の時に皆と飲んでね、その日、飲みすぎた私を運んでくれたらしいの」
丁度、話が耳に入っのか、新たなワインを持ってきたつくしが平然と答える。
だが、どうにもその言い回しが引っかかった。
「つくし、くれたらしいって何だ! らしいって!」
「だって、私寝ちゃってたから覚えてなくて」
何サラッと言ってんだ、こいつは。
仕事中は隙なくやってるみたいだと安心していたら、これだ。
こいつ等の前でも、もっと警戒しろ!
特に類には!
「覚えてねぇって危ねぇだろうが。こいつらの前だからって、油断して寝んな!」
「皆に迷惑掛けたのは悪いと思ってるけど、司にとやかく言われる筋合いはないでしょ。別に誰かと二人きりで居たわけでもないし、司にそんなこと言われたくない」
思いもしなかった強気な切り返しに固まる。
……待て、何でそんなに不機嫌になる?
予想外の刺々しい言葉を突き返され、たじろいだ隙に、つくしはさっさとキッチンへと戻ってしまい反論する機会は奪われた。
唖然とつくしを見送る俺に、三条が声を掛ける。
「何にも心配要らないですよ。あの日は、先輩を送り届けて直ぐ皆さん帰りましたし。私は先輩が心配だったので泊まらせてもらいましたけどね」
どうやら、つくしが送ってもらった『らしい』日のフォローをしているようだが、それより今は、あの態度だ。
あんな態度は珍しく、三条におざなりに相槌をしただけの俺は、気もそぞろだ。
つくしの元へ行こう、と動こうとした時。
「なに、なに! 何の話?」
先を邪魔するかのように滋がやって来て、強引に話の中に入ってくる。
「消火活動ですよ。道明寺さんのヤキモチの」
簡潔に説明した三条。
だが、それだけで終わらせないのがこの女だ。早くつくしの傍に行きたい俺を、簡単に巻き添えにする。
「道明寺さん? 例えば、帰る間際になっても起きない女性がいたとしたら、道明寺さんだって流石に見捨てるわけにはいかないでしょ? 送って差し上げるんじゃないですか? それとも襲うとか?」
「バカ言うなっ! 襲う筈ねぇだろうが! 寝てたら叩き起こすか、運ぶならSPにやらせるに決まってんだろ」
「そうなんですか? 友達の私でも?」
「当たりめぇだ」
何だ、その口元に浮かべた意味深な笑いは。
他の女運べるほど、俺はお人好しじゃねぇ、と目で訴える。
三条だって知ってんだろうが。
「分かってますって。そう言うと思ってました。道明寺さんが、先輩以外の女性にそんな優しい振る舞いするはずありませんものね。
世間はどう見てるか知りませんけど、道明寺さんの友人なら、みんな分かってます。
…………ねぇ、滋さん? 滋さんも知ってるでしょう?」
急に矛先を向けられたから驚いたのか、滋は目を見開いて三条を見た。
「え、う、うん…………あ、そうだ! トイレ! トイレ行きたかったんだ、あたし!」
……何だ、いきなり。
突拍子のなさに、俺や総二郎も呆れて滋を見る。
会話をぶった切ってまでトイレって、そんなでけぇ声で連呼するもんでもねぇだろ。
「行きたきゃ行けよ」
「う、うん。じゃ、借りるね」
持っていた皿を乱暴に置くと、慌てて滋は部屋を出て行った。
「やれやれ」と、総二郎が肩を竦める。
「相変わらず落ち着きのねぇ奴だな。あんなんで司の秘書務まってんのかよ」
「あのキャラだしな。秘書課では浮いてるみてぇだな」
「年の割には落ち着き払ってる桜子を少しは見習えっつーの。桜子、お前教えてやれよ」
「…………」
総二郎の言葉に何の反応も示さない三条。
視線を宙に置いたままで、顔からは表情が消えている。
思わず総二郎と目を見合わせた。
「どうした、三条。ボケッとして」
珍しい様子の三条に声を掛けると、
「え、何か言いました?」
普段、隙のない奴にしちゃ珍しく、全く耳に入ってなかったようだ。
「桜子もたまにはボーっとすることもあるんだな」
「失礼なこと言わないで下さい、西門さん。私は、道明寺さんほど単純に出来ていないんで、色々と考えることが多いんです」
「てめ」
俺を引き合いに出すんじゃねぇ。
単純で何が悪りぃ!
「ちょっと向こうで座らせて貰いますね」
俺の威嚇もサラッと流した三条は、やはりどこか様子がおかしく、グラスを持ったまま類が座るソファーへと背を向けた。
✢
「お隣良いですか?」
「……座れば」
俺が答えるより先に座ってて、確認取るまでもないと思うけど。
「最近の牧野どう? 随分と元気そうに見えるけど、変わったことない?」
三条との会話なんて牧野に関して以外思いつかないし、何よりも知りたい。
恐らく、わざわざ俺のところに来たってことは、三条も話があるはずだ。
「えぇ、元気なんですよ。良すぎるくらいに」
「良すぎるくらい? 何かあるとあんたは思ってんの?」
「一日だけ、おかしな日があったんです。その日は新作コスメの発表があった日なんですが、どうやら仕事を放り出して道明寺さんの元へ行こうとしたみたいなんです。
結局は事務所のスタッフに止められて行けはしなかったんですが……。その後、誰かと会ったようで」
「その相手が誰なのか、確認取れてないわけ?」
三条が険しい顔で頷いた。
「確証はありません。ただ、……滋さんの父親だったんじゃないかと私は思ってます」
可能性としては高い。
プロジェクトもここまで来ると、いつまでもジッと待つ手だけではいられず、目立たぬよう影で小細工しているとも考えられる。
「このこと司には?」
「いえ、話してません。うちのスタッフ、先輩から私には言わないように口止めされていて、私自身、知らぬ振りをしているんです。道明寺さんに言うべきほどの事があったのか実際分かりませんし、滋さんの父親っていうのも、あくまで私の勘でしかないですし」
「何を話したかも分からない?」
「ええ。私はその場にいませんでしたし、スタッフも離れているように先輩に指示されたようで。
その日に、取材陣に対して先輩のあの発言ですよ? 最愛の人は他にいるって。でも、あれ以来元気を取り戻したと言うか、吹っ切れたというか……」
鋭い洞察力を持つ三条が言うことだ。
その三条が、吹っ切れた、と見立てたのなら見過ごせない。
「また気がかりなことあったら、いつだって構わない。連絡して?」
三条にそれだけ告げると、ソファーから腰を上げた。牧野の顔を見るために……。

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