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魅惑の唇 4



「……ごめん、牧野」

えっーと……何が!?

これが率直な感想だった。
呆けた言葉しか浮かばないのは、頭の回転の悪さだけが理由じゃないと思う。今のこの状況だけは、どうしたって理解に苦しむ。

理解出来ないまま啞然としていると、車のドアを乱暴に閉める音が背後から訊こえて振り返った。

「つ、司っ!」

そこには、眼光鋭くあたしに近付いて来る司の姿があった。

「ったく、勝手に飛び出しやがって! 話あるっつっただろーがっ!」

「ふんっ!」

「あ、てめっ、何だその反抗的な態度は!」

「自分の胸に手を当てて、よーく考えてみれば?って言うか、考えるまでもなく心当たりがあり捲くりでしょうが!」

「本当にごめん」

「あたしを騙してたくせに、今更謝られても……って、あ、あれ? いや、違くてね? あたしが怒ってるのは、このバカ男にであって……」

何故かまた謝り出すのは先程からいる人物で、そこまで下げるか、ってほど頭を限界値まで下げ、体を二つに折り畳んでいる。

「おい、まだつくしに話してねぇんだよ。とりあえずその頭上げろ」

そうそう、司の言う通り頭を上げ…………うん?

「ちょっと! なんであんたが割り込んでくんのよ」

目の前で頭を下げているこの人に、どうして司が頭上げろなんて指図するの?
ちなみに、どうしてまだこの人はあたしに頭を下げてるわけ?

「だから話あるっつっただろうが! てめぇは大人しく人の話を聞けっ!」

「何よ、偉そうに! あんたにそんなこと言われたかないわよっ!」

「偉そうじゃなくて、俺は偉いんだっ! つーか、マジで静かにしねぇと、今すぐここでその口塞ぐぞっ、ゴラァ!」

「………」

この男、本気でやりかねない。
冗談じゃない。こんな状況でキスなんかされて堪るもんですか!
怒鳴りたい気持ちを封じ込め、代わりに憤懣やるかたない思いを眼力に目一杯乗せる。

「ったく、手が掛かる奴だな、お前は。で、お前が知りてぇのは、あの女のことだろ? 今日、取材の時にいて、最近、お前がここでよく会ってた、あの女」

「知ってたの? 知ってて、あたしに黙ってたわけ?」

「そんなに塞がれてぇのか?」

咄嗟に口から不満が滑り落ち、司が凶暴な顔つきであたしに詰め寄る。
危険を感じたあたしは、急いで自分の右手で唇を隠し、守りに入った。

「今日はその右手、俺の邪魔ばっかすんだな。
まあいい。お前が言うように、女の存在は知ってた。知ってから色々と調べてた。
今日、取材受けた出版社の社員ってのは分かっても、何でお前の周りでうろついてんのか、さっぱり見当もつかねーし。俺ともお前とも、直接的接点がどこにも見当たらねぇからな」

喋ったら誰がいようがお構いなく口を塞がれるかもしれない。傍若無人な振る舞いは、この男の得意とするところだ。
そして、それで恥をかくのはあたしだと容易に想像できる。

でも今は─────これが言わずにいられるかっつーの!

「嘘っ! あたしに隠れて付き合ってたんでしょっ!」

だって、あの女性言ってたもん!
『あの人は絶対に渡さないから』って。

「ったく、てめぇは、いい加減に──、」
「司……関係……あったんでしょ?……あの女性と……付き合ってたんでしょ?」

司の言葉を遮って、ありったけの怒りをぶつけてやるつもりが、言ってる自分の言葉に泣けてくる。

「ちょっ、待て待て待て! おい泣くなっ!」

止め処なく溢れる涙に慌てた司は、目線を合わせるように屈んで、手をあたしの頭上に置いた。
その気性からは想像もつかないほどの優しい手つきで撫でられる。

「つくし、頼むからちゃんと話を聞けって。俺も、あの女と会ったのは、姉ちゃんと受けた取材の時が初めてだ。だから、俺にもお前にも接点がねぇのを調べるのに、思いの外時間掛かっちまって。
で、あの女の周辺調べたら、この男に辿り着いた。この男とつくしの接点もな。
つくし、あの女の恋人がこの男だ」

「へっ? 嘘!……彼女?」

「牧野、本当にごめん。あいつと付き合ってるのは俺なんだ」

驚くあたしの尻上がりな口調に何度目かの謝りを入れたのは、久しぶりに会う中学の時の同級生────織部慎吾君、その人だった。


織部君の彼女があの女性で、なのに、司を渡さないって……。

「……最低。織部君の恋人に手を出すなんて、そんな最低なことして恥ずかしくないの!」

「はっ? 何でそうなんだよ! 俺は何も関係ねーって! お前はホント分かんねぇ女だな!」

あまりのショックで泣きじゃくるあたしには、呆れながら否定する司の言葉が耳に入らなかった。
そんなあたしを焦って見ているのは司だけではなく、織部君も同じだったようで、

「お願いだから、落ち着いて話を聞いて?」

昔と変わらず柔らかい口調で宥めてくる彼を、涙を拭う指の隙間からそっと見て、仕方なくコクリと頷いた。

「てめっ、何でこいつの話は大人しく聞くんだよ!」

隣から聞こえる抗議は無視して織部君の話に耳を傾けた。

「彼女とは、もう付き合って8年になるんだ。牧野、覚えてる? 高校生の頃、俺んちにお見舞いに来てくれた日のこと」

「見舞いだと? 聞いてねーな、そんな話」

あたしが答える前に、ドスのきいた低い声が邪魔をする。

つーか、あんたのせいでしょうがッ!
と、突っ込むのと、その時の謝罪は後回しにし返事をした。

「うん、覚えてるよ」
「あの時、彼女の話したよね? 牧野に似てる彼女がいるって」

……そう言われてみれば、そんな話を聞いたような?

「俺があいつと付き合うようになったのは、牧野に似てたからって理由なんだ。最低だよな。でも、段々と付き合っていく内に彼女だけを見るようになって、本気であいつだけを大切に思ってきた。付き合ってもう8年だし、先月あいつにプロポーズしてOKも貰った」

「じゃ、どうして?」

人の恋愛に首を突っ込むのは主義じゃない。でも今は、考えるより先に言葉が口をついて出た。

とてもじゃないけど、一番幸せなはずの様子は、あの彼女から見て取れなかった。
そして織部君もまた、単純に幸せを喜べる状態でいないことを表すかのように、複雑な微笑を浮かべてる。

「俺達の結婚は、両方の親から大反対にあってね。一人娘の彼女に婿を取って欲しいあいつの親と、長男の俺を外に出したくないうちの親。何度話し合いをしても平行線で、認めては貰えなかった。
酷い反対にあって、俺は正直疲れ始めていたし、あいつは、そんな俺が結婚も何もかも嫌になるんじゃないかって、不安を抱え始めたんだ。
でも、そう思わせてしまったのは俺せいだ。ここまで反対されるくらいなら、今の関係のままでもいいんじゃないかって思った事もある。それが、知らず知らずのうちに態度に出て、あいつを傷つけ追い詰めてしまったんだと思う。
そんな時なんだよ、俺達が牧野を見掛けたのは」

「え? どこで?」

「俺とあいつ同じ会社で、一緒に打ち合わせに行った道明寺さんの会社で牧野を見掛けたんだ。俺、牧野に直ぐ気付いて、あぁ、頑張ってるなぁ、って、そう思って見てただけなんだけど、彼女はそうは取らなかった。
タイミングが悪いって言うか、重なる時は重なるもんでさ、ずっと持っていた牧野の写真まで、俺の部屋で彼女に見つかって、完全に誤解を与えてしまったんだ」

「写真!?」

そんなもの持ってたんなんて相当恥ずかしい。一体、どんな写真なんだか。

そんなことより、彼女の気持ちを考えれば複雑だ。
司が他の女性の写真持っていたとしたら、やっぱりあたしも傷付くと思う。
ましてや、似ている女性だなんて、想像しただけでも嫌だ。

「昔の思い出だし、人の写真を捨てるのにも抵抗があったんだ。でも、やましい気持ちはなくても、写真の中に写る自分に似ている牧野を見て、あいつ相当ショックを受けたみたいで、……だから全てを話した。 
確かに付き合うきっかけは最低な理由だったかもしれない。でも今俺が好きなのはあいつだって、きちんと説明したつもりだったんだけど。 
毎日毎日、親の反対を受けて精神的に参ってた状態のあいつには届かなかったのかもしれない。俺が牧野に気持ちが戻ったって思い込んでしまったんだ。
だからと言って、あいつのした事は許されない。牧野を尾行して家の前で見張ったり、あんな脅迫状ま──」

「あー、待て」

突然、織部君の話を途中で止める司。

でも、しっかり聞こえたんですが。
脅迫状って、一体なに?


「その事は、なんも言わねぇでいい」
「でも……」

あたしの知らない話を、交わしていく二人。

「こいつ、それ見てねぇから」

「え? でもあいつ確かに送ったって……」

「つくしが目にする前に、こいつの弟が気付いて処理したからな」

「……そうだったんですか。弟にも心配掛けちゃったんですね。牧野、本当に済まなかった」

進も気付いてたってこと?

多分、あたしの知り得ないところで、不穏な動きをあの女性がしていたのだろうけど、見上げた司が優しく笑ってあたしの頭を撫でているのを見ると、それ以上のことは聞かない方がいいと思われた。

「織部君、もうそんな謝らないで? それより彼女の誤解は?」

「もう大丈夫。多分、今度はちゃんと俺の気持ちを理解してくれた筈だし、牧野にしたことも凄く反省している。結婚の話も無事方ついたし」

「じゃ、親御さんに認めて貰えたの?」

「ああ。うちの両親には弟の順平も一緒になって説得にあたってくれたんだ。本当に好きなら、何があっても彼女を守って手に入れろ、なんて言ってくれて。
両親のことは、自分が一生面倒見るからって、兄貴の幸せを考えてやって欲しいって、俺の為に必死になって頭も下げてくれた」

「…………順平?」

引っかかるものを覚えたのか、名前を呟いたのは司で、首を捻って考えていたかと思えば「あっ!」と、叫ぶと同時に青筋を浮かべている。
そんな司の腕を慌てて掴み、頭を左右に振ってみせる。
今は思い出しても何も言うんじゃない! と、思いを込めたのが通じたのか、「チッ」と、舌打ちするだけに留まり、猛獣と化すのは避けられた。

織部君の弟、織部順平……。

司の行動にも大いに問題があったにせよ、その報復は決して許されるものではない。けれど、その歪んでしまった背景には、複雑な家庭環境があったからだとも思う。
織部君と順平君はお母さんが違う異母兄弟。それが原因で、順平君は屈折した感情を織部君にも抱いていたはず。
彼の中にどんな心境の変化があったのかは分からない。それでも、胸にあった蟠りは、時間を掛けてゆっくりと解けていったのかもしれない。
織部君の話を聞いてそんな気がした。また、そうであって欲しいとも思う。


それからも織部君は話を続けた。

毎日、両親から結婚を諦めるよう言われ続けた彼女は、精神的にかなりギリギリで、そんな彼女と一緒よりも、自分一人で説得にあたったほうが良いと考えた織部君は、彼女には何も言わず、夜毎、彼女の父親の会社帰りに待ち伏せをし、結婚を認めて貰えるようお願いし続けたと言う。

そのせいで二人の時間が持てなくなり、更に不安を募らせた彼女は、間違った方向に思いが向かってしまったらしい。
そんな彼女の行動も、司に呼び出されて今日初めて知り、彼女からも全てを打ち明けられたと語った。
こんな事になったのは、男として不甲斐無い自分の責任が大きいと、またあたしに頭を下げて。

「恥ずかしい話、うちの家庭事情が少し複雑なところもあってね。それも向こうの親が反対する理由の一つであったって言うのも分かって、認めて貰うのにかなりの時間が必要だった。でも、漸く認めて貰えたんだ」

「そう! 良かった、本当に良かったね!」

「その間に、牧野に迷惑掛けてるなんて全然知らなくて……。本当なら、そんな風に牧野に言って貰える筋合いじゃないんだけど、あんな事をした女でも、あいつは俺にとって大切な女性なんだ。許して欲しいとは言わない。でも、どうしても牧野に直接謝りたくて……本当に申し訳なかった」

全ては、愛するが故に生まれてしまった想い。人は時に、愛によって感情を大きく揺さぶられる事を知っている。
実際、あたし自身が、こうして取り乱した原因もそこにあったりするわけだし、大切な誰かを失いたくないという気持ちなら、あたしにだって痛いほど分かるから、正しいか悪いかの判断だけで、彼女を酷く責める気にはなれなかった。


「織部君、本当にもういいよ。全部、誤解だって分かったんだし、織部君と彼女が幸せなら、もうお互い忘れよう」

「牧野は相変わらずお人好し、優しすぎるよ。でも、ありがとう。それから道明寺さん、本当にご迷惑お掛けしました」

「全くだな」

こらっ! 確かに本当だとしても、その言い方はないでしょうが!
大体、そんなこと言える立場じゃないのよ、あんたは!

「ねぇ、織部君? 突然話し変わって申し訳ないんだけど、あの時のムチ打ち、後遺症とかに悩まされたりしてない?」

「本当に突然だね。全然大丈夫、問題ないよ」

「そう? なら良かった。でもね、もし何かあったら直ぐに慰謝料請求してね? このバカ男に」

あたしの言葉に二人の男が驚いた顔を見せる。
織部君はともかくとして、何であんたが驚いてんのよ。
散々調べた割には、自分がヘッドロックかけた相手だって今まで気付かなかったわけ!?
自分がやられた弟の名前はしっかり覚えてたくせに。

「織部君、ごめんね。あの時の大男って、こいつなの。本当にごめんなさい」

「え、そうだったの? でも、それこそ昔の話だよ。今は何ともないんだし、もう忘れてよ」

爽やかに笑ってくれる織部君だけど、隣にいる男は……。

「あんたも謝りなさい!」
「あ? こいつも忘れろって言ってんだろ」

反省の欠片もない男には、鳩尾に拳を一発埋め込んでおく。

「うっ………ってぇなっ! いきなり殴んじゃねぇよ!」

「あんたが謝らないからでしょうがっ!」

「牧野、本当にもういいんだって。それより、牧野が道明寺さんに大切にされてるんだって今回分かって、俺としても嬉しいよ。牧野にも幸せになって欲しいからさ」

そう言って、再会して初めて一番素敵な笑顔を見せた織部君。

「じゃあ、俺はこれで」と、今日何度目かの頭を下げ踵を返した織部君の背中に、慌てて声を掛けた。

「織部君! 順平君にも元気でって、頑張ってって、そう伝えて」
「はぁ? 何言っての、お前」

嫌そうに言う司の気持ちも分からなくはない。
でも、『いつかきっと、また一緒に笑える気がする』って、許せなかったあの時にそう思ったから。その“いつか”が、少しだけ近づいた気がするから。

返事の代わりに、こちらに向けて手を上げた織部君は、今度こそ振り返らずに帰って行った。

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  • Posted by 葉月
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Comment 2

Wed
2020.10.21

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2020/10/21 (Wed) 19:12 | REPLY |   
Wed
2020.10.21

葉月  

ス✢✢✢✢✢✢✢ 様

こんばんは!

待ち伏せの人は、まさかの織部兄でした!
想像もしない人物だったかと思います。

原作についてですが……。
純平が復讐するきっかけとなった人物は、織部兄ではありません。
織部兄弟の近所に住んでいた英徳の生徒で、純平が兄のように慕っていた他人です。
道明寺が特に荒れていた頃、暴力により内蔵破裂させた相手がいるのですが、この相手こそが純平が慕っていた人物になります。
原作には純平兄も出てきてますよ!
なので今回のお話で、かつてつくしがお見舞いに行ったことや、彼女が似てること。司が織部兄にヘッドロックをかけたこと等々、全て原作に描かれているもので、そこを元に話を膨らませ、このお話は出来ました。

ここまで書いて、ちょっと不安になったのですが……。
お話を書くにあたって、私は基本原作派なのですが、もしかして読者の皆様の中には、ドラマが基本で原作は知らない、若しくは詳しくない方や忘れている方も多いのでは、という今更ながらの不安が!(・・;)
だとすると、今回のお話は全く意味が分からなかったですよねぇ。
大丈夫だったのでしょうか、と今頃オロオロしてしまいました(汗)

さて、女性の正体も判明し、その点についての誤解は解けましたが、まだ残された謎も!
果たして何だったのか……、残り3話となりますが、どうぞラストまで見届けてやって下さいませ。

コメントありがとうございました!

2020/10/21 (Wed) 22:17 | EDIT | REPLY |   

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