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魅惑の唇 1


『Secret』の途中ではありますが、息苦しい展開になって参りましたので、ここで別の話も一つ。
こちらも昔のお話で申し訳ないのですが、少しでも気分転換になれば幸いです。
7話完結の中編となります。それではどうぞ!




司と付き合って8年。
司が遠い異国の地で頑張ってくれた4年間があったからか、魔女はあたし達の付き合いに口を挟む事無く、無事、内々だけの婚約も済ませた。

ただ、世間への発表はもう暫く時期を見てからと、直ぐにでも発表したがる司をねじ伏せ、先延ばしにしてもらっている状態でいる。

新たなホテルのオープンを間近に控え、仕事に追われる司と過ごす時間は殆どなく、道明寺グループに入社したあたしもまた、そのホテルオープンに先駆け立ち上げられたプロジェクトチームの一員として、イベントを企画、運営し、道明寺グループの話題性を高めるため日々奔走している。

幸い、手っ取り早く話題を浚うには有効な人物が我が社にはいるわけで、勿論、それは言うまでもなく、道明寺グループ副社長の肩書きを持つあいつ─────『道明寺司』の存在だ。

その司を前面に押し出し、思惑通り人々の注目を集めている最中、あたし達の婚約を発表なんてしたらどうなるか……。
それが話題性抜群だとしても、その後の我が身に降りかかるだろう事を思うと、考えただけでも恐ろしくて尻込みしてしまう。

司が世間から忘れられる存在ではないにせよ、せめてホテルが無事オープンし、少しでもほとぼりが冷めてからの発表へと持ち込みたくて、子供のように駄々をこねる俺様に『あんたのファンに狙われたらどうすんのよ』と訴え、極めつけは、相談に乗ってくれてた類の指示通り、目線を上に向け、

『お願い』と、頼んだところ

『ったく、きたねー女……しょうがねぇな!』

と、ブツクサ言いながらも何故だか大人しく了承してくれた。 

でも、汚いって何よ!

思わず怒鳴りそうになった言葉は、とりあえず納得してくれた司と、これ以上の波風を立てたくなくて仕方なく呑み込んだ。


そんな中、私たちの企画の一つがこの場所で行われる。
出版社と連携し、女性をターゲットにした雑誌で2週連続司の特集を予定しており、今日はその第二弾として、ここ道明寺邸にて本人が取材を受けることになっている。

「失礼しまーす。どうですか? 用意は進んでますか?」

「つくし様、随分とお早いんじゃないですか?」

「もう、その呼び方は止めて下さいって。それに今日は、道明寺の一社員として来たんですから」

「全く、いつになったら慣れるんだい。それより、まだ時間には早いんじゃないのかい? そんなに坊ちゃんに会いたかったのかね」

「ち、違いますから!」

相変わらず、あたしを慌てさせる物言いのタマ先輩。
大きめの一人掛けソファーにちょこんと座りお茶を飲む姿は、小さな体が一段と小さく見える。
しかし、この年にもなると、数年歳を重ねてただけでは、さして見た目は変わらず、今も尚、使用人頭として元気に現役続行中だ。

そんな先輩の傍に腰を下ろした私は、さっきはどもりながらも素早く否定したけれど、本音を言えば、あいつに会いたいって気持ちも確かにあった。
何しろ、もう1ヶ月近くも会っていないし、連絡もあまり取れないでいる。
こんな事は、遠距離の4年間を除いて初めてだった。

本当は会って聞きたい事もある。
でも、連絡も儘ならない現実が、あたしの不安を増殖させ、訊ねたいと言う気持ちが臆病風に奪われていく。

「相変わらず素直じゃないね。同じ会社にいたって顔も合わせずにいるんだろ? 『会いたい』って、つくしが一言言えば、坊ちゃんだってすっ飛んでくだろうに」

「今は仕方ないんです。お互い忙しい時ですから無理は言えないですし……。それより、あたしはタマ先輩が心配で早目に来たんですから! 前回の椿お姉さんの時は立ち会えませんでしたけど、先輩の時だけは絶対傍にいようと思って」

「何を今更心配だよ。こんな企画に年寄りを引っ張り出しといて。つくしが関わってなかったらお断りするとこだよ!」

そう、今日の取材は道明寺一人だけではない。
2週に渡って組まれている特集のテーマは『道明寺司を影で支えた女性達』と言うものだ。

タイトル通り、その支えた女性が一緒になって司と取材を受ける形になっている。
その第一弾が椿お姉さんで、今日の第ニ弾をタマ先輩に引き受けてもらった。

「あはは、すみません。でも今日だけは道明寺グループの為にもお願いします。但し、先輩? ターゲットは女性ですから、道明寺のイメージを損なうようなことだけは言わないで下さいね?」

タマ先輩は「いめぇじ?」と、聞き返すと、それでなくともシワシワな額に、更にいくつかの筋を刻んだ。

「例えばどんなんだい?」

「そうですねぇ……。例えば、うさぎのぬいぐるみを抱いて寝ていたとかは、あいつのイメージには合わないので伏せておいた方がいいかもしれませんね。あっ! それから、小3までおねしょしていたことも、絶対に言わないほうがいいかも! ぷっ、あはははっ!」

今でも司がおねしょをその年までしてたと思うと、笑いが止まらない。

けれど、次の瞬間。
バタンっ! と大きな遠慮なしの音が部屋に響き渡り、一瞬にして制圧される。

「てめぇっ、なに腹抱えて笑ってんだっ!」

ぎゃっ! い、いたの!?

何かが破壊したのかのような音は、乱暴に開け放たれた扉の音で、派手な登場をした司に、笑いは瞬時に止んだ。

「ど、どど道明寺の事を思ってね、事前確認を……って、先輩! いるならいるって教えてくれてもいいじゃないですか!」

「おや、言ってなかったかい? テーブルにも飲みかけのコーヒーが置いてあるのに気付かないなんて、相変わらず抜けてる子だねぇ。あんたが来るまで、坊ちゃんと打ち合わせをしてたんだよ。たまたまつくしが来た時は、電話がかかってきて向こうの部屋に行ってたけどねぇ」

本当だ、確かにコーヒーが置いてある。
でも、あたしが気付いていないって、絶対タマ先輩は分かってたわよね? 意地悪しないで教えてくれればいいものを。

あたしの前には、タマ先輩には目もくれず、青筋を浮かべてひたすら睨みを利かす男。

「てめぇは、いつまでもくだらねぇこと覚えてんじゃねーぇ!」

血管ブチ切れそうな勢いで言われたって、あまりにインパクトが強すぎて忘れられないんですけど。
俯きながら心の中で言い訳するあたしに、タマ先輩が確認してくる。

「つくし。じゃあ、あれも言わないほうが良いのかい?」

「え? 何です?」

「そりゃあ、決まってるじゃないか。坊ちゃんが22まで童貞だったって話だよ」

「ひっ!」

「タ、タマっっ! てめぇ、いい年したババァがふざけたこと抜かすなっ! んなもん、世間に曝すことじゃねーだろうがっ! 大体な、牧野が勿体つけるから、俺の脱・童貞が遅くなっちまったんじゃねぇか!」

「ちょ、ちょっと! あたしのせいにしなくても……」

「あ? お前のせいだろうがっ! つーかよ、何でそんな事タマが知ってんだ?」

そうよ、そうよ! 何で知ってるのよ!

「そんなもの、つくしの顔見りゃ簡単に分かるってもんですわ」

ウソッ! 
あの頃、マナー教育だの何だので道明寺邸に出入りもしていたし、茶飲み友達として、タマ先輩の部屋にも遊びに行ったりもしていた。
でも、その時は何も言わなかったじゃない! 
気付かぬ振りをするなら、最後まで徹底して欲しいんですけど。

「やっぱり、てめぇのせいか。分かりやすい反応すんなっ!」

「なっ!……と、兎に角、先輩いいですね? 小3と22歳の一件は、ぜぇーーったいに言わないで下さいね?」

睨みがきつくなった司を見ぬ振りして、タマ先輩にお願いする。
暢気にズルズルとお茶をすすったタマ先輩は、ゆっくりと口を開くと、

「はて、何の話をしてたんだっけねぇ。最近は、物忘れが激しくて困ったもんだよ」

と、惚けだす。絶対、ボケた振りだ!

「こんの~妖怪もうろくババァ! すっ呆けたこと言ってんじゃねぇぞっ!」

バシっと、音を立てた技が綺麗に決まる。

「痛てぇっ!」

「誰が妖怪ババァだい! 全く、いくつになっても口の利き方がなってない子だねぇ」

華麗な杖捌きで司の脛を一撃し、「さてと、あたしも着替えるとするかい」と、何事もなかったように、取材用の服が用意されてある隣の部屋へとスタスタと行ってしまった。


「ちっ……ったく、あのババァ、ホントに大丈夫なんかよ」

脛を擦っていた手を移動し、米神を押さえながら項垂れる司。

うん、気持ちは分かる。何だか、あたしも頭痛してきたし、心配になってきた。とは言っても、今更変更など出来る筈もない。

「な、何とかなるよ。もし余計なこと言われたら、その時は企画変更で暴露本的に発売してもいいし、ね?」

「いいはずねぇだろ、アホがっ!」

やっぱり、ダメか。そんな本が出たら、歩く広告塔である司のイメージダウンは避けられない。
世の中のあんたの女性ファンが、どれだけガッカリすることか。
でも、そうなってくれた方が良いと思ってしまう自分もいる。

「そんなことより、ずっと連絡も出来ねぇで悪かったな」

「うん、仕方ないよ。今は忙しくて大変な時だもんね」

「何か変わったことはなかったか?」

穏やかな口調で私の目をしっかり見て伺う司に、思っている胸の内を打ち明けてみようか、と考えが過るも、あまり時間がない今、それを言うのは得策ではないと打ち消した。

「別に何もないよ」
「本当か?」
「うん、本当。心配要らないって」

笑顔でそう答えながら、内心では、電話出来なかったのは忙しかっただけが理由?
本当は、電話し難い何かがあったりとかしない?

募る不安があたしの中を駆け巡っていた。



「失礼いたします。つくし様、社員の皆様がご到着になられました」
「はーい、今行きます!」

ドアの外から届けられた使用人さんの声に、座っていた椅子から慌てて立ち上がる。

「じゃ、あたし行くね。また後でね、司」
「おい! つくし待てよ」

二人の時だけ司を名前呼びにするあたしは、急いで出て行こうとしたけれど、司にストップをかけられ、ドアへと向かっていた体を素直に反転させた。

「司、早く行かないとまずいって」

世間に発表していないあたし達の関係は、会社の人間でも極々一部の人しか知らない。
ばれない為にも、いつまでもここにこうして居る訳にはいかなかった。

「少しくらい、いいだろ?」
「ダメっ!」

きっぱり断り抵抗してみても通じず、腕を引っ張られバランスを失った体は、司の胸で受け止められた。
力強く抱きとめられたかと思うと、今度は段々と緩まり、近付いてくる司の顔。

「待って!」

司の腕の力が緩まったのが幸い、そこから抜け出し自由となった右手で口元を覆い、すかさず近づいてくる距離を遮った。

「手、邪魔だ。どけろ」

「今は無理! 口紅が取れちゃうでしょ! 皆も来たんだし、塗り直す時間もないんだから」

司の胸をドンと突き飛ばし、急いでドアへと向かって走り出す。

「くそーっ! ったく、1ヶ月ぶりだっつうのに、キスぐらいさせろっ!」

響き渡る雄叫びを聞きながら、扉の外へと逃げ出した。


あたしだって、したくないわけじゃない。あいつの温もりに包まれていたいとも思う。
それが出来ないのは、時間のせいでも口紅のせいでもなくて。
何も変わった様子のない司を信じたい気持ちと、消し去りたいのに芽生えてしまった小さな疑惑がせめぎ合い、定まりのつかない気持ちがブレーキをかけた。
                       
拭えない小さな疑惑。
でも、今はこんなことを考えていてはいけない。公私は切り分けないと。
そう自分に言い聞かせ、あたしの中に潜む感情を無理矢理追いやって、仕事へと気持ちをスイッチする。

まさかこんな場所で、疑惑の原因である人物が、あたしを待ち受けているとは思いもせずに……。


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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Fri
2020.10.09

-  

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2020/10/09 (Fri) 08:16 | REPLY |   
Sat
2020.10.10

葉月  

ス✢✢✢✢✢✢✢ 様

こんにちは!

こちらのお話にも付き合って頂き、ありがとうございます。
あちらがどんよりとしていますので、せめてもの息抜きに!

司くんお気の毒ですが、脱チェリーは22でした(^_^;)
司くんの暴露話、つくしとしては、いっそバラして、司のモテぶりを少しは削りたいところですよね。
でも、ぬいぐるみの話は、母性本能をくすぐられて、余計にファンが増えちゃったりして!

そして、あちらの絶叫での件ですが……。
あー、なるほどと納得!
私もなんです。全くの同意見(*´艸`*)
そうなんですょー、と声を大にして言いたいくらいで(笑)
だとすると、やっぱりこの後も大丈夫かも!?

『魅惑の唇』も疑惑なんていう不穏なキーワードが出てきてはおりますが、気軽に読めるお話だと思いますので、引き続き宜しくお願いします。

コメントありがとうございました!

2020/10/10 (Sat) 15:31 | EDIT | REPLY |   

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