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Secret 21



抱えていたものを打ち明け心が軽くなった私は、にこやかに桜子を見た。

「桜子、昨夜はありがとうね。なんだか凄く気が楽になれちゃった」

「全く、あまり手を掛けさせないで下さいよ?」

「うん、ごめん」

「私にまで、気を使うなと言っているんです」

「はい。反省してます。昨夜ね、司と話したんだ、電話で。今度、ゆっくり二人で話そうって」

「そうですか。素直に思うままに、ね、先輩!」

「そうだね!」

撮影現場に向かう車中。
昨夜、自分を曝け出すよう仕向けてくれた桜子は、今日も変わらずしっかりとした口調ながらも、最後には優しく微笑み幸せを願ってくれる最高の親友だ。

これじゃ、どっちが年上だかまるで分からない。
駄目な自分に呆れつつ、そんな私を見捨てもせずにいつだって支えてくれる桜子の存在に、改めて有り難みを噛み締め笑みを零せば、すかさず桜子が突っ込んでくる。

「思い出し笑いですか? 気持ち悪いんですけど」

「ふふっ。ごめん。いやぁー、良い友達がいるなぁと思ったら嬉しくてね」

「要らぬ所で素直にならなくて結構です!」

照れ隠しで怒った様に話した桜子だったけど、流石は敏腕マネージャー。その顔つきを瞬時に仕事仕様の冷静なものに切り替えた。

「先輩。今日の仕事の相手。正直、あまり評判が良いとはいえません」

「みたいだね。私も噂は耳にしてる。女性関係の評判があまり宜しくないとか?」

「ええ。狙われないように十分注意して下さいね。私も出来るだけ傍にいますし、うちのスタッフもいつもより多く付くことになっていますから」

「そこまで?」

「何かあったら厄介ですから。何しろ、大手事務所のジュニアで俳優。しかも今回の仕事、向こうから先輩を指名してきたので、注意するに越したことはありません」

彼は、芸能界に多大な影響力を持つと言われている大手芸能プロダクション社長の息子であり、俳優でもある。

城崎しろさき甲斐斗かいと、28歳。

今日は、その彼と一緒の雑誌の撮影が組まれていた。
初対面となるが、噂を聞く限りの評判では、あまり関わりたいとは思えない相手で、正直言えば気が重い。
ましてや、桜子の警戒具合をみれば、気分は憂鬱になる一方だ。
とにかく、普段以上に隙を作らないようにと、重くなりがちな気を引き締めた。




撮影現場に入る前に城崎さんの控え室に顔を出す。

「初めまして、牧野つくしです。本日は宜しくお願いいたします」

どんなに苦手意識を持つ相手であってもこれは仕事だ。相手に失礼のない適度な笑みを心掛け、そつ無く挨拶をする。

「初めまして、城崎です。つくしちゃん、って呼んでも良いかな?」

「はい」

「今日はヨロシクね、つくしちゃん」

こちらこそ、と捻りもなく無難に挨拶を済ませ、いよいよ撮影に突入したのは良いのだが……。

「つくしちゃんは、恋人いるの?」
「今夜、時間ある?」

撮影に入った途端にこれだ。
噂に違わず、本領発揮とばかりに口説いてくる。
互いにカメラに向ける顔を維持する最中、周りに漏れ聞こえぬ声量で耳元で囁いてこられては、集中も出来なければ、表情をキープするだけで精一杯だ。
躱すどころかまともな返しも出来ず、耳障りな声に耐えるしかなかった。


一旦、休憩となり、近くで休んでいる城崎さんに、撮影中のあのような行為は遠慮して貰うよう伝えるべきか思案していると、向こうの方が先に動いた。

「意外だな」

口端を引き上げ言う城崎さんの意味が分からず聞き返す。

「何がですか?」

「今、一番輝いてるモデルがこんなにウブだとは思わなかったってこと」

「…………」

「撮影中は困らすこともう言わないからさ。その代わり今教えてよ。つくしちゃん彼氏いるの?」

口を開けばまたそれか、と内心で溜息を吐く。
軽さを全面に押し出す態度は、女性関係の激しい西門さんとは違って、スマートさがまるでない。
あの人とは格が違う。と、内で吐いた溜息の後に批評まで重ねた。

「秘密です」

「ハハハ、事務所からそう言えって言われてるんだ」

私は間違ったことなど言っていない。
だって『秘密』こそが正しく真実だ。

「何も言われてないですよ」

生理的に受け付けない相手に、モデル牧野つくしの顔を崩さぬよう答える。
けれど、城崎さんが次に放った言葉で、表情に一瞬亀裂が入ったのが自分でも分かった。

「前に、道明寺グループの副社長と噂になってたよね? あれ、ガセネタでしょ? 彼の本命は、大河原財閥のお嬢様みたいだし。流石の俺も、道明寺副社長相手じゃ太刀打ち出来ないからね。あの噂が出た時は正直焦ったよ。俺、結構前からつくしちゃんのこと狙ってたから」

思いがけず耳にした名前に、思わず胸が跳ね上がる。
だが、言われた科白は所詮ガセネタ。
鼓動は急速に力を落とし、代わりにズキンと痛みが走ったのは、私たちの関係を適当にあしらわれた寂しさのせいだ。
城崎さんに返答しようにも頭は回転せず、言葉を探しているうちに撮影開始の合図が送られ、会話は一旦中断した。

助かった。言いたくなんてない。
『あれは単なる噂です』と、平然と返せば良いのだろうけど、割り切りたくなかった。
ガセネタを肯定する言葉など口にしたくもない。
でも、否定も肯定もする必要はなかった。
私が言おうが言わまいが、誰しもが司の本命は滋さんなのだと信じて疑わないのだから。


休憩後の撮影は、最近の寝不足が祟ったのか、それともさっきのガセネタ発言に気が滅入ったのか、身体のだるさを感じながらも仕事をこなしていくしかなかった。





全ての撮影が終了して安心したのも束の間。これだけで終わらすつもりはないのか、城崎甲斐斗が全員スタッフを誘って飲みに繰り出そうと提案する。
当然、先輩もだ。
出来ればこのまま引き上げたい。さりとて蔑ろに出来る相手でもない。
少しだけ顔を出し、後は適当な理由をつけて先輩を連れ出すしかないか、と重い息を吐き出した。

仕方なく連れて来られた店内に入り、私と事務所のスタッフ数人は、先輩と城崎から目を離さぬよう注意を払う。
先輩は促されるままに城崎の隣に座らされるが、その表情が今一つ冴えないように見えるのは、気乗りしないだけが理由じゃないような気がする。いつもより顔色が悪い。

もしかして体調が良くない?
やはり、早目に切り上げるよう仕向けなくては。

ある程度の時間が経ち、うちのスタッフ以外はアルコールも程よく回ってきた頃、そろそろ連れ出す頃合いかとタイミングを図る。
相変わらず先輩は城崎に捕まり会話をしているものの、流石に何年もこの世界にいると、笑顔は絶やさずとも凛とした態度でやり過ごしているようだった。

道明寺さんは、先輩のことをキョトキョトすると心配しているようだけど、今の先輩はモデルの顔を崩すことなく隙をも作らず、いつだって気を張り巡らせている。
だからこそ、今までだって浮いた話も出てこなかった。
気を緩ませて週刊誌にスクープされた、道明寺さんとの一件を除いては。

そんな先輩の様子をさり気なく見ていると、バックの中から取り出した携帯に目を向け「ちょっと失礼します」と言って席を立った。

その顔が一瞬、本物の笑顔に変わったのを見逃さない。きっと、道明寺さんからの電話だ。 
道明寺さんが絡むとこうも変わるのかと、ひっそりと口元を緩ませる。

先輩が道明寺さんとの電話を終えて戻ってきたら、明日も早いからと理由をつけて抜け出そう、そう考えていたのに────。





急いで店の外まで出ると、周囲に人気がないのを確認して電話に出る。

『遅せぇよ。まだ仕事だったのか?』

「ごめん。今ね、仕事のスタッフ達と飲みに来てるの」

『男もいんのかよ』

「そりゃいるけど、桜子だって、うちのスタッフだって一緒だよ?」

『んなの行く必要ねーだろ。仕事終わったんならさっさと帰れ』

不機嫌を隠そうともしない司の口調。それが何だか今は凄く嬉しい。
心配して妬いてくれてるかもしれないその気持ちが、今の私には堪らなく嬉しかった。

「もうすぐ帰るから、心配しないで」
『今すぐだっ!』

鼓膜が破られそうなほどの声に、一瞬、耳から携帯を離した時、ガラスの扉の向こうから、私の方へと向かってくる城崎さんの姿が目に入る。

「司、ごめん。他の人が来たから、また後で掛け直すね」
『ちょっ、待て!』

引き止める司の声を聞くと同時に、近くまで来た城崎さんに声を掛けられる。

「つくしちゃん、探したよ」
『つくし、今の声誰だ』

城崎さんの声が電話越しに司の耳にも届いたのだろう。一段と凄みを増した声遣いになっている。かと言って、今の状況で詳しく説明しろと言うほうが無理な話だ。
私は慌てて口調を改め、

「すみません。またお電話しますので」

他人行儀に電話を切るしかなかった。

「何つくしちゃん。慌てて電話切ったみたいだけど、もしかして彼氏?」

私との距離を縮めて来る城崎さんの質問には答えず携帯をバックにしまうと、口元に弧を作った。

「どうしたんですか、こんな所まで」

「言ったでしょ、探してたって。つくしちゃん、このまま俺とフケようよ。二人で飲みなおさない?」

「ごめんなさい、折角ですけど今夜は遠慮させて頂きます」

「こんなこと言いたくないんだけどさ。俺と付き合って損はない筈なんだけど? 今後もこの世界で生きていくなら、付き合いも必要だよ、つくしちゃん」

口角を上げて笑みを貼り付けてはいても、瞳の奥に蔑みを感じ、あざとさが透けて見えるようだった。
断われないだろう? と、心の声まで訊こえてきそうだ。
その自信漲る態度に怒りが湧き、無意識の内に右の拳を固めていた。

うぅっ……言いたい。言いたくて仕方ない!

『あたしの拳はあんたみたいな男を殴るためにあんだよっっ!』

高校生だった頃のように啖呵を切って拳をのめり込ませたい。
それが出来ればどれだけスッキリすることか。
でも、一歩間違えば暴行罪。
翌朝の新聞各社一面、『牧野つくし逮捕』の見出しと共に、自分の顔写真が載るのを想像し、叫んで清々したい欲求を必死で押さえた。
 
「申し訳ありません」

相手にするのも煩わしく、一言だけ告げ店内に向かい歩き出す。
と、突然伸ばされた手に腕が掴まり、勢い良く引き戻された。

「きゃ」

思わず出た小さな悲鳴と共に、無理矢理方向転換された身体はふらつき、地面を斜めに捉える視覚に陥る。
平衡感覚が乱れ、それが眩暈であることは直ぐに気づいた。
まずい、倒れる。そう感じた時には、既に目の前は真っ暗で、思うように声まで出ない。

「おい! 大丈夫か?」

支えられているのか抱きしめられているのか、嫌悪感を覚えながらすぐ側で訊こえる城崎さんの声に続いて、

「先輩? 先輩っ!」

何度も私を呼ぶ桜子の声が、段々と大きさを増し近づいて来る。
それに心底安心した私は、そのまま意識を手放した。





「先輩? 先輩! 気付きました?」

「桜子」

徐々に覚醒していく意識の中、目を開けば心配そうな顔をして覗き込む桜子がいた。
部屋の中は自然の光で明るく、そっか、昨夜倒れちゃったんだっけ、と意識もはっきりしてくる。

途中でブツリと途切れた記憶の最後に聞いた声は確か桜子で、今、私がいる自宅までスタッフと共に運んでくれたのだろう。

「先輩、昨夜倒れたんですよ。覚えてます?」

「覚えてる、ごめんね。急に目の前が真っ暗になっちゃって……迷惑掛けたよね」

「もう焦りましたよ。往診してもらいましたけど、睡眠不足と軽い貧血だそうです。でもたいした事なくて良かった。全く、道明寺さんの事ばかり考えてないで、ちゃんと睡眠くらいとって下さいよね。身体が資本なんですから」

「……はい、ごめんなさい」

怒られて当然だ。首をすぼめて素直に謝る。

「流石の城崎甲斐斗も、先輩の様子見て大人しく帰ってくれたから良かったですけど。あの人まで席を外した時は、本当に慌てましたよ。何か変な事されませんでした?」

「ムカつくことは言われたけど、でも大丈夫だよ」

昨夜の城崎さんの態度は腹の立つものだったけれど、そんなものより嫌なのは自分自身だ。
自分の管理も出来ずに、挙句の果てに倒れて他の人に支えられるなんて。
どんな事情であれ、司以外の腕の中に包まれた事実に私自身が酷く抵抗を感じていた。

こんなにも司を求めてしまう自分を、もう誤魔化しはしないから、早く司に会いたいと願う。
携帯を確認すれば、昨夜、途中で電話を切ってからあと、何度も残されていた着歴。
掛け直した途端に怒号が飛んできたけれど、最後は合言葉のように、

『明後日な』
『明後日ね』 

と、約束の補強をした。
二人で過ごす約束の日まで、あともう少し。


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  • Posted by 葉月
  •  2

Comment 2

Sun
2020.10.18

-  

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2020/10/18 (Sun) 19:08 | REPLY |   
Mon
2020.10.19

葉月  

ス✢✢✢✢✢✢✢ 様

こんにちは!

つくしちゃん厄介な人にちょっかい出されてしまいました。
大きな事務所相手となると、どうしても立場は弱くなってしまいますし、殴りたい感情は必死に抑えた模様です。
大人になると、様々な事情を踏まえて勝手も出来ず、辛いところです。

司くん、怒られちゃいました(笑)
もう司の嫉妬はどうにもならずですよね。
逆に司から嫉妬が消えたり我慢するようになったら、逆に不安になったしまうかも!?
つくしも今は弱っているので嫉妬すら嬉しいようですが、晴れて悩みがなくなった時には、あまりにも酷い嫉妬には、お仕置きをしてもらいましょう!

別の意味での叫びが届きました!(;・∀・)
二人の約束はどうなったのか。
もう少々お待ち下さいね!

コメントありがとうございました!

2020/10/19 (Mon) 16:34 | EDIT | REPLY |   

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