Archive: 2021年07月 1/3
手を伸ばせば⋯⋯ 50

なんて言った⋯⋯?何を言い出したんだ、牧野は。唐突に吐かれた突拍子もない台詞に一瞬頭が空白になり、咄嗟に出せる言葉がない。「私が言ったこと、そんなに可笑しい? 今までだって好きでもない男と寝たし、時間潰しみたいなもんだった。それは、道明寺だからって変わらない。それを確かめたかっただけよ。でも無理ならいいわ。沢山の美女たちを相手にしてきた道明寺だものね、私が相手じゃ無理かもしれないしね」「違ぇよ! そ...
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手を伸ばせば⋯⋯ 49

「どこに向かってるの?」「着けば分かるよ。もう少しで着くから」牧野はそれ以上は何も言わなかった。それから暫くして、目的地に車が止まる。俺は初めから、牧野と話すならこの場所しかないと決めていた。「牧野、着いたよ。降りて」「ここは⋯⋯」窓から望む景色でここがどこか分かったようだ。待っても降りようとしない牧野の細い手首を掴んで車から降ろし、降りてからも足に力を入れているのか、抵抗を感じる牧野を引っ張って歩...
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手を伸ばせば⋯⋯ 48

道明寺の社員である女に司が刺された件は、世間に知られれば醜聞にしかならず、事は秘密裏に処理された。そこには、牧野への配慮も多分に含まれている。悪夢と同じ状況から、なるべく牧野を遠ざけたい思いがあったために。司法に委ねれば、刺された司だけでなく、本来狙われていた牧野も状況を確認され、証言も必要になってくる。病を患っている牧野には、精神的負担が大きすぎる。そう判断したからだ。その牧野は一日入院したが、...
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手を伸ばせば⋯⋯ 47

悲鳴混じりの叫びを響かせながら、類たちと共に司たちの元へ駆け寄れば、「牧野! どこも怪我ないか?」抱きしめている牧野の身を案じる司が、傷はないかと隈無く牧野に目を走らせている。どうやら牧野に怪我はないようだが、牧野の心配ばかりしている状況じゃない。牧野を庇った司が切り付けられ、司の大腿部からは少なくはない量の血が流れ出ている。「司、直ぐに病院だ!」俺が車の手配をさせていると、顔面蒼白になった牧野が...
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手を伸ばせば⋯⋯ 46

相変わらず仕事漬けの毎日が続いている。でも、この仕事に私が携わるのもあと僅か。最初の予定通り年が明ければプロジェクトから離れることになる。やり残しがないよう最後の大詰めで忙しいのも当然だった。それに加えてこの時期は、やたらとパーティーや飲み会が入ってくるものだから、忙しさは加速度を増す。そして今。そんな忙しい最中にも拘わらず、滋さんの一声で決まったプロジェクトチーム全体の忘年会に強制参加させられて...
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手を伸ばせば⋯⋯ 45

どうしてだろう。道明寺で過ごした三日間。私は何故、道明寺の傍であんなにも穏やかに過ごせていられたのだろうか。憎むべき男なのに⋯⋯。最後の晩のキスだって、逃げようと思えばできた。止めてと言えば、あの時の道明寺ならきっと止めてくれたはず。なのに、私はそうしなかった。道明寺の顔があまりに切なくて、儚くて。世間に見せている自信に満ちあふれた姿は影も形もなく、親に見捨てられた小さな子供のような錯覚を覚え、私は...
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手を伸ばせば⋯⋯ 44

「え⋯⋯、なに?」開けたばかりの牧野の目が大きく見開く。起きたら隣には俺が横たわってんだから、驚くのも無理ねぇ。「おはよ。目ぇ覚めたか。⋯⋯なぁ、牧野。おまえいつもそうなのか?」「いきなり何の話よ」「おまえ、昨夜も魘されてた」「⋯⋯⋯⋯」言葉を詰まらせた牧野が目を伏せる。「悪りぃ。見てらんなくておまえを抱きしめて寝た」「⋯⋯⋯⋯」「で、どうなんだ? 牧野、黙るなよ」「⋯⋯⋯⋯魘されるなんて、そんなのいつもじゃない...
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手を伸ばせば⋯⋯ 43

しまった!差し込む光に誘われ目を開ければ、自分が犯した失態に気づき慌てる。横向きに寝ていた腕の中、そっと見下ろす先にいるのは、俺の胸に顔を埋めて眠る牧野で────。どうやら俺は、あのまま寝ちまったらしい。昨夜あれから、腕の中で眠る牧野の頭をずっと撫で続けていた俺は、流石にいつまでもこうしているわけにはいかねぇと、眠る牧野をベッドに運んだ。だが、静かに牧野を下ろし離れようとした刹那。牧野が俺の服を掴み、...
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手を伸ばせば⋯⋯ 42

「あの⋯⋯、ここは?」止まった車の窓から外を見た牧野が、不審げな声を出す。牧野の住むマンションとは全く別の所へ連れて来られたのだから、当然の反応だ。「俺のマンション」俺は、牧野がうちの屋敷を訪れた翌日から、一人でこのマンションに移り住んでいた。「支社長の?⋯⋯こちらに住んでらっしゃるんですか?」「あぁ」短く答えて外に出る。直ぐに牧野の手を掴み車から下ろすと、引っ張るようにしてマンションの中へと入ってい...
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手を伸ばせば⋯⋯ 41

何で今日くらい休まねぇんだ!夕方からプロジェクトチームに顔を出した俺は、居ないとばかり思っていた牧野を見つけて、途端に心が落ち着かなくなる。医者に安静にしろって言われたんじゃねぇのかよ! 顔色だって良くねぇのに、頭痛だってまだ治まってないんじゃねぇのか?もう直ぐでミーティングも始まるのに、そんなんで保つのかよ。無理を押し通す牧野に、憂慮と不安が俺を包みこむ。帰るよう命令してしまおうか。だが、それに...
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