Archive: 2021年06月 1/2
手を伸ばせば⋯⋯ 25

「牧野様、お疲れ様でございます。それと先日は、お気遣い頂きありがとうございました」道明寺HDに来ていた私に廊下で声を掛けてきたのは、西田さんだ。先日、打ち合わせに同行した後のランチの件を言っているのだろう。「いえ、こちらこそ」「先日はあまりお話し出来ませんでしたが、こうしてまた、牧野様にお会いでき嬉しく思っております。改めまして牧野様、今回のプロジェクトでは、司様のサポート宜しくお願い致します」「私...
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手を伸ばせば⋯⋯ 24

【第3章】「⋯⋯ゃ⋯⋯ぃゃ⋯⋯⋯⋯いやーーっ!」自分の悲鳴で飛び起き、バサッと勢いよく布団を撥ね除け荒い息を吐く。呼吸が乱れて息が苦しい。右手を胸に押し当て、ゆっくりと深呼吸を心がける。いつものことだ。長いこと私を苦しめる夢。視線の先には太陽に照らされ凶悪に光る鋭利な刃物。段々とそれは近づき何かに突き刺さる。茫然と立ち尽くす私の視界には、アスファルトに広がる赤い血の海と、そこに頽(くずお)れるシルエット。...
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手を伸ばせば⋯⋯ 23

薄い笑みを浮かべる牧野に戸惑いを覚えながら、もう一度言う。「本当に悪かった。おまえが許してくれるなら、俺は何だってする」俺をジッと見つめたまま、牧野は徐に口を開いた。「もう許してるわよ?」許してくれるのか!喜びと安堵感がせり上がり、気持ちが前のめりになる。が、それは直ぐに打ち消されることとなった。「あんなの大したことじゃない。忘れられたくらいで、大騒ぎするほどのもんでもないでしょ」笑みは崩さずとも...
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手を伸ばせば⋯⋯ 22

仕事を終えた俺と、仕事を放棄してきたらしい司と共に、馴染みの店の個室へと足を踏み入れれば、「お疲れさん。あれ、滋は? 一緒じゃねぇの?」待ち受けていたのは総二郎で、滋の姿を探して俺たちの背後を窺いつつ、内線から適当な酒やつまみを注文している。今日が司と牧野が再会する日だと知っているこの男が、大人しくしてるはずもなく、『司と話すつもりなんだろ?』と、夕方に電話を寄越し場所を聞いてきた総二郎は、こうし...
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手を伸ばせば⋯⋯ 21

年末年始といえども、まともな休みなんてなかった。日本支社を把握するため資料を読み漁り、支社長就任の引き継ぎ作業や挨拶周りもこなしてく。分刻みのスケジュールは隙間がなく、帰国してから目が回る忙しさを経て、共同プロジェクトがスタートする今日を迎えた。初日の今日は、ここ道明寺HDの会議室で、プロジェクトに携わる三社から選ばれたメンバーが顔を揃え、土台となる企画を更に完璧なものにするため、それぞれが提案する...
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手を伸ばせば⋯⋯ 20

あきら達と別れて邸に戻った俺は、冷たい風が突き刺さるのも構わず、東の角部屋のバルコニーに立った。⋯⋯28になるんだな。色鮮やかに脳裏で再生されるのは、庭を這いつくばり、このバルコニーを登ってきた17歳の頃の牧野。今はこうして思い出せるのに、どうして俺は、長い時間を無駄に捨て忘れたままでいられたのか。牧野を思い出してからというもの、心が潰れそうなほどの後悔に苛まれている。長い夢でも見ていたように目を覚ませ...
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手を伸ばせば⋯⋯ 19

遂に司が帰って来た。宣言どおりの年の瀬に。『あきら、今から会えねぇか?』そう連絡があったのは、夜の9時近く。今から30分ほど前だ。今日一日、どこのTV局も司の帰国の模様を伝え、世間は大騒ぎになっている。支社長就任ってだけでも忙しいだろうに、マスコミにまで追いかけ回されてるのだから、身動き取るのも難しいだろう。だが、どんな状況下だろうが、自分がしたいことはする勝手が信条みたいな男だ。気まぐれにも俺たちに...
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手を伸ばせば⋯⋯ 18

誰も居なくなった夜のオフィス。秒針だけが一定のリズムを刻み、微かな音を生み出している。時計に目を向ければ、時刻は11時を少し回っていた。今日はここまでにしておこう。あとの調べものは、休みの明日に自宅でも出来る。丁度キリの良いところまで作り終えた資料を見返してから、デスクの上を片付けて行く。持ち帰る資料を確認してバッグにしまい、さて帰ろうと体の向きを変えた時、突然オフィスのドアが開いた。「よぉ、牧野。...
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手を伸ばせば⋯⋯ 17

「副社長、顔色が良くないようですが、体調が優れないのでは?」秘書の西田が部屋に入って来るなり言った。この男が、仕事以外のことを真っ先に口にするとは珍しい。「大丈夫だ」だが実際、疲れが極限に達したのか、鉛を纏ったように身体が重い。「いえ、無理は禁物です。この後18時から予定のレセプションパーティは欠席にして、本日は自宅でお休みになって下さい」普段、俺に無理させてる張本人の台詞とは思えねぇが、その男が休...
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手を伸ばせば⋯⋯ 16

牧野を送り届けても真っ直ぐ帰る気にはならなかった俺は、行きつけの店に寄り道をしていた。総二郎まで呼び出して。「よぉ、あきら。待たせて悪りぃな」先に個室で飲んでいた俺の向かいに、総二郎が座る。男二人だけの寂しいシチュエーション。だが、今夜は二人で飲みたかった。「いや、大丈夫だ。こっちこそ、急に呼び出して悪かったな。デートの邪魔したか?」「流石に俺も、最近は夜毎遊んでねぇよ。今日は面倒な講演会で、その...
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