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Archive: 2021年03月  1/1

エレメント 15【最終話】

「おい、出来たぞ!」西田に何も答えを返せぬまま、トレーを持った司が戻って来た。トレーの上には、コーヒーカップが3つと、気が利くことに、ケーキの取り皿やフォークまで載せてある。司と西田には、普通のコーヒーなのかエスプレッソなのか判別つかないものを置き、つくしの前にはミルクたっぷりのラテが置かれた。そのラテを、西田が不思議そうにジッと見つめる。何も言わなくても分かる。『この絵はなんでしょうか?』と、そ...

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エレメント 14

突然の司からのプロポーズも、それをつくしが「分かっている」と思い込んでいるところも、つくしの理解の範疇から大幅にはみ出している。異星人的思考回路になんて、ついていけるはずがない。そもそもつくしは、たった数分前まで、自分の記憶は失くされたものと認識していたのだ。それなのに、この急転直下。誰が予測できるというのか。何も反応できずにいれば、司は再び口を開いた。「戸籍は汚れちまったし、遠回りもしたけど、そ...

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エレメント 13

時間に追われもしない、のんびりとした休日。少しだけ手の込んだブランチを口に運びながら、今度はどこにしようかなぁ、と頭を悩ます。新しい年が明け、早一週間。3月の年度末をもって、今の保育園を辞めるつもりでいる。悩んでいるのは、その後の行き先だ。今の保育園に道明寺が関わっていると分かった以上、いつまでも甘えるわけにはいかない。このマンションにしても同じだ。区切りの良いところで退職し、心機一転、新たな場所...

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エレメント 12

危険極まりない視線に射竦められそうになりながらも、何とか答える。「う、うん、そう。牧野⋯⋯です」かつての恋人であり、入院する直前まで一緒に過ごしていた相手に何とも珍妙な返答ではあるが、司は記憶がないのだから仕方がない。ましてや、惜しげもなく物騒な面構えで見られては、『ですます調』だって付け足したくもなる。剃髪は一部分だけだったのか、クルクルの髪を覗かせた頭に包帯が巻かれている司は、ベッドの脇にある二...

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エレメント 11

『たった今、司様が手術室に入られました』西田からその電話があったのは、土日を除いた、7日間の有休最終日の午前中で、暦は師走に移り変わっていた。数日前には同じく西田から、司の腫瘍が予想より大きくなってはいなかった、との吉報も受けている。だから大丈夫だ。司は絶対に助かる。そう信じる一方で、助けを求めずにはいられない。道明寺を連れて行かないで!お願いよ、ママ。力を貸して!道明寺を助けて!道明寺をあたしが...

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エレメント 10

口を閉ざし、動きを止めた司に思う。あんたの決断は絶対に間違っている、と。楓や西田がどれだけ心配し、苦悩しているのか分からないのか。自分の人生だから命を削っても良いなんて理屈は、親しい者たちに優しくない理屈だ。自分の命を削る行為は、司を思う者たちの心も削る。命の全てを削り落とされたとき、その者たちは、悔やんでも悔やみきれない後悔を抱え、傷を負った再生の利かない心を引きずりながら生きていくことになる。...

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エレメント 9

「約束が違うじゃないですかっ!」西田に先導され、8年ぶりに足を踏み入れた道明寺HDの社長室。デスクに座る楓の前に立つなり礼節をすっ飛ばしたつくしは、噛み付くように怒声を響かせた。「どうしてよ! どうして今更道明寺が⋯⋯!」司が現れてからというもの、つくしは恐怖に包まれ生きた心地がしない日々を過ごしている。もしかするとこの人は、もう二度と手の届かないところへ行ってしまうかもしれない。そう思うと、真実を突...

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エレメント 8

8年ぶりに見上げたビルは、あの頃と何も変わらず、今も堂々とそこに聳(そび)え立っていた。また訪れることになろうとは⋯⋯。8年前。道明寺HDは苦境に立たされていた。司の父親が病に伏せた中で迎えた難局。それを乗り越える方法が司の政略結婚であり、少なくともあの頃は、それ以外の策を見つけだせなかったのだと思う。────8年前のあの日は、本格的な暑さを迎える前だった⋯⋯。道明寺HDは、M&Aの失敗により巨額の損失を計上。足元...

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エレメント 7

静寂(しじま)が二人を包んだかに思えた。けれど、「何を言うかと思えば、馬鹿かおまえは!」沈黙を簡単に司が払いのける。「俺が死ぬわけねぇだろうが。そんなくだらねぇこと言うくらいなら体調は大丈夫そうだな。ったく、心配して損したじゃねぇかよ。俺は風呂入ってくっから、おまえはとっとと寝ろ」はぁ、ったくよ! と、わざとらしい溜息をつくしに聞かせ、司はリビングを出て行った。司が現れた瞬間から、つくしの頭には司...

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