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Welcome to my blog

ご挨拶とお願い


初めまして。
お越し頂きまして、ありがとうございます。

【Once more】は、花男(CPつかつく)の二次小説置き場となっております。

個人が運営している趣味のサイトですので、原作者様、出版社様等とは一切関係ございません。

また、原作のイメージを損なう恐れもあります。
このようなものに抵抗のある方の閲覧はご遠慮下さい。

あくまで個人の趣味である妄想であり、拙文ではありますが、無断転載・二次転載・お持ち帰り等はお断り致しております。
尚、誠に勝手ながら誹謗・中傷等も一切受け付けておりません。返信も出来かねます。

恐縮ではありますが、どうか予めご了承頂いた上でお付き合い下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

つかつくの幸せを願いながら、皆様と楽しい一時を過ごせたら嬉しく思います。


葉月

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  • Posted by 葉月
  •  14

取り急ぎ、お礼を。


先日の「お知らせ」では、コメントにてアドバイスをいただきまして、本当にありがとうございました。
コメントを読んですぐ、引っ越し業者さんに連絡いたしました。
実は、ブログには書きませんでしたが、廊下も傷ついていたので写真を提出、補償やら修繕やらと、話が進んでいきそうです。
これもみなさんのアドバイスがあったからこそ。本当にありがとうございます。

個別にも返答していきたいのですが、昨日から熱を出しまして⋯⋯。
夜になって熱も上がり、ファストドクターで往診を頼んだところ、まさかまさかのコロナでした(T_T)
なので、熱が落ち着きましたらコメ返していきますので、今暫くお時間をください。

以上、取り急ぎ、お礼でございました!

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  • Posted by 葉月
  •  2

お知らせ


まだまだ残暑が厳しい中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

すっかりお話が停滞している私の方はといえば、実は18日に引っ越しをしまして、お話に割く時間が取れない程バタバタしておりました。
引っ越しを見据えて、可能な限りお話の更新をしようと一時はスピードアップしたのですが、ギリギリまで執筆に取り掛かっていたものの、遂にその余裕もなくなり更新が止まっております。大変申し訳ございません。

それもこれも、引っ越し業者に全部を任せられなかった私のせいでして。
なんせ私の荷物には、花男は勿論のこと、オリジナルを書くにあたってのありとあらゆる辞書や、それこそ人様には見せられないマニアックな資料や本がわんさかあるわけです。
旦那さんにも隠しているのに、他人である業者様に、そんなもの見せられるわけもなく⋯⋯。
ということで、旦那さんの反対を押し切り、運ぶのは業者様にお願いはしても、荷造りは自分たちですることに。
ヒーヒー言いながら、且つ、家族からはブーブー文句を浴びせられながら、何とか荷造りをしたわけですが、引越し後の今度は、荷ほどきという苦難が待ち受けております。

そして、ここからはちょっとした愚痴になってしまうのですが⋯⋯。
荷物を運んでくださった業者さんは、皆さんとても感じが良く、暑い中とても頑張ってくれたとは思うのですが、ただ、荷物を詰めたダンボールを和室の一部屋にどんどん積み上げられてしまって⋯⋯。
ダンボールには、どの部屋へ運ぶか明記してあるにも関わらず、「大型の荷物が入れられなくなるので、ひとまずここに置きます」と言って、運び込むわけです。
本当にひとまずなの?と疑問を抱えながらも、汗だくになっている皆さんにクレームを言うのも気が引けて、言われるがままに任せたのですが⋯⋯。
結果、積み木のように積み上げられたダンボールに占拠された和室は、足を踏み入れるのもやっとな状態に。
呆然とする中、皆さん帰っていかれました。
更に、夕方になって照明器具がないことに気づきました。
取り外すのを忘れたようです。
更に更に、一枚板の大理石テーブルを使っているのですが、それが3箇所も欠けていたんです。

これって我慢するしかないんですかね。
暑い中、頑張ってくれた皆さんを思うと不満を言うのも憚られ、けれど、昼間一人で占拠された和室を片付けていると、当て所のない怒りが沸々と湧き上がりまして。
旦那の荷物を見つけては、八つ当たり的に問答無用で捨てまくって発散しています。
どうにか、和室の半分ほどまで片し、やっと炊飯器が入ったダンボールを見つけたところで、こうしてブログを書いております。
これでやっとご飯が炊けます!!
ただ、調理器具はまだ見つかっておりません。
積み重なった箱の一体どこにキッチン用品があるのやら。

そして、PCと執筆に欠かせないパメラは私が大事に運んだから手元にあるのですが、肝心な花男全巻を収めた箱も未だ見つかっておらずでして、一日も早く司たちを救出するために、またせっせと箱を漁りたいと思います。

というわけで、片付けに時間を取られており、お話の方は今暫くお時間を頂戴することになるかと思います。
落ち着きましたら必ず更新していきますので、何卒よろしくお願いいたします。

葉月
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  • Posted by 葉月
  •  4

Lover vol.53


「つくしも、覚悟しておいてね。いざ何があっても、決して動じないように⋯⋯」

いつになく硬質な母の声が、これが現実なんだと知らしめる。

祖母の命の灯火は細く、儚く、とても危うい状態であるのだと⋯⋯。


祖母が入院して、今日で10日。
祖母が再び脳梗塞で倒れたのは、鮎を食べた日から、わずか5日後のことだった。



 Lover vol.53



「つくし⋯⋯」

帰宅して真っ先に私の部屋に訪れた司は、気遣うような眼差しで私を見た。

「お帰りなさい」と返したあと、静かに首を振る。
きっと司が訊きたいのは祖母の状態で、問われずともそれがわかる私は、首を振る動作だけで、良好の兆しがないことを伝える。
ここ数日のお決まりのパターンだ。

でも今日は、言わなきゃならない続きがある。

「ママがね、覚悟しときなさいって」

見舞いに行ったときに母から告げられた言葉。
口にするだけで震えそうなる。

ソファーに座り、顔を俯かせている私には司の表情は見えないけれど、司が息を呑んだのは気配でわかった。

司が隣に静かに腰を下ろしたところで、重い口を必死に動かす。

「ママ、先生に言われたみたい。おばちゃんの体力が保つかわからないって。ここ数日が山だろうって」

何も言わずに司は私の肩に手を置き、自分の方へと引き寄せた。
抵抗はしない。文句も言わない。寧ろ、不安に押し潰されそうで怯えていた私は、されるがまま司の胸に身を預けた。


脳梗塞を再発した祖母は、それにより誤嚥性肺炎も引き起こし、命が危険な状態に陥っているという。
意識だってあやふやだ。祖母が倒れてからというもの毎日顔は出しているが、まともに話せる状態にない。

救いは、司が道明寺系列の病院を紹介してくれたことで。特別室まで用意してくれたお陰で、完全看護にも関わらず泊まり込みが許され、娘であるママは付きっきりで祖母の傍にいられる。パパも可能な限り病室に泊まっているようだった。

司に感謝しなければならないのは、それだけじゃない。

「今日も差し入れしてくれたんだってね。ママ、凄く喜んでた。いつもありがとう」

祖母が入院してから毎日、司はママたちのために食事の差し入れもしてくれている。
入院初日にママから聞かされたとき、司の気遣いにどれだけ感謝したかしれない。
自分は動転していて、そこまで気が回らなかっただけに、尚更。

「看病する側も体力勝負だ。しっかり栄養摂らねぇとな。つくし、おまえだってそうだぞ?」

低い声が優しく言う。

祖母が入院して以降、食欲がない。道明寺家のみんなが心配するから今まで頑張って食べてはいたけれど、流石に今日は喉を通らず、夕飯を抜いた。

「食欲ねぇのはわかる。けど、少しでも食べろ。じゃねぇと、ばあちゃんが目が覚めたとき、心配すんだろ? おまえが痩せてちゃ」

油断すれば潤みそうになる目のことも忘れて、弾かれたように顔を上げてしまう。

こんな話を訊いたあとでも、司は希望を捨てないでいてくれる。
おばあちゃんが目覚めることを考え、諦めないでいてくれる。
希望を捨てていないのは私だけじゃないんだと、心が励まれる。

だから、ママから言われた全部を口にはしない。
もしもの場合を想定した話は、言葉にしたら現実になりそうで、口にするのも怖ろしい。
覚悟を決める一方で希望も捨てたくない私は、会話の全貌を明かさず口を噤む。

「ばあちゃんに心配させんなよ? 今、タマが飯持ってきてくれるから、一緒に喰おうな」

込み上げるものを瞬きで散らし、私は素直に頷いた。 


程なくして食事が運ばれてきた。
どれもこれも胃に優しそうな温かい料理。
でも、料理だけじゃない。
司は、少しでも私に食べさせようと料理を取り分けてくれたり、スープを口元まで運ぼうとしたり。タマ先輩は、何も言わず私を抱きしめてくれて⋯⋯。人の気持ちが何よりも温かかった。

涙を堪えるだけで精一杯だった私は、食後暫くしてからも、普通を取り繕えるだけの余裕もなくて。

「今日はもう寝ろ。寝付くまで傍にいる」

司に言われても反論もせず、大人しくベッドに連れて行かれ、髪を撫でられながら、いつしか眠りについた。





――――その意識が、然程大きくもない音で瞬時に覚醒する。

音の源は、スタンドライトの淡い光に照らされている、サイドボードに置いてあるスマートフォン。
私が寝付くまで傍にいてくれただろう司の姿は、もう見当たらない。
身体を起こし時計を確認すれば、日付はとうに変わり、夜中の3時を回っていた。

胸騒ぎがする。途轍もなく不吉な胸騒ぎが。

深夜の電話に朗報などあるはずがない。
聞きたくない心情が動作を鈍らせ、7回目のコールでやっと手を伸ばす。

震えながら持つ受話器の向こうから伝えられたのは、

「⋯⋯⋯⋯もしもし、ママ?」
『今、眠るように旅立ったわ』

祖母の訃報だった。


――――どうして。
どうして奇跡は起きてくれないのよ!

眩む目を閉じ、奥歯を噛む。
哀しみが濁流となって喉元を突き破り、泣き喚きたい衝動に駆られて必死に歯を食いしばる。

『つくし? おばあちゃんが生前心配していたような、苦しみながらの最期じゃなかったわ。安らかな旅立ちだった。だから、つくしも落ちいて?』

「⋯⋯うん」

慰めてくれるママが一番泣きたいはずのに、これ以上負担をかけさせてはいけない。私が取り乱すわけにはいかない。
何とか堪えた私は、頼まれごととを引き受け、言葉少なに最低限の会話だけを交わして、ママとの通話を切った。


こうなることはわかっていた。
万が一のとき、こうして突然知らされることは。
これこそが、司にも話さなかった内容であり、母や祖母の願いだった。
お見舞いに行った昨日。私を廊下に連れ出し、覚悟するよう告げたママは、『つくし、お願いがあるの』そう、神妙な顔で話の続きを切り出した。

『もし、つくしたちがいないときに危篤になっても、あんたたちには連絡しない。そのときは、あたしとパパでおばあちゃんを看取らせて欲しいの。
実は前からおばあちゃんに言われててね。自分が死ぬときは、間違っても死にゆく姿をあの子たちに見せるんじゃないよって。未来のあるつくしや進に、年寄りが苦しんで死んでいく姿なんか記憶に刻ませちゃいけない、ってね。おばあちゃんは、元気な姿だけを、あんたたちに覚えていてもらいたいのよ』

多分、私の顔が青褪めたか、強張ったかしたんだと思う。
それまで硬かったママの声音が変わった。

『孫には甘いから、つくしや進は知らないだろうけど、ああ見えておばあちゃん、怒ると凄く怖いんだから。それに意外と頑固だしね。つくしの頑固さは、きっとおばあちゃん譲りだわね』

ここ数日で目が窪んでしまったママの笑顔が胸に痛い。懸命に作っただろう、力なき笑みが。

『約束を守らなかったら、ママが怒られちゃうわよ。だからね、つくし。おばあちゃんの最期は、ママに任せてくれる?』

こんな話を伝えるママだって辛かったはずだ。
娘であるママが、おばあちゃんの『もしものとき』を平然と語れるわけがない。
なのに、自分の感情を押し殺し、私の気持ちを少しでも軽くしようと明るく話す母に、私が言えることは一つだけだった。

『ママ⋯⋯。おばあちゃんのこと、よろしくお願いします』

子供の頃以来だろうか。頭を下げた私は、ママの胸にいだかれた。

『ありがとう。娘として、責任もってちゃんと私が見送るから』

最期には立ち会えない。これが最後になるかもしれない。
そんな思いが頭を掠め、けれど私は帰り際、祖母の耳元で言った。

『おばあちゃん、明日も来るからね。待っててね』

それは、翌日も会えることへの願いであり、希望であり、奇跡を信じる気持ちが言わせた言葉だった。

その願いや希望は、たった今、潰えた。

ベッドの端に座り込んだまま、茫然と動けずにいた私は、

「行かなきゃ」

自分を叱咤するようにベッドから降りる。
急いで支度をして、さっきの電話で頼まれたことをしなければならない。

ママに頼まれたのは、実家でおばあちゃんの帰りを整えること。
おばあちゃんを連れ帰ってくれる葬儀屋を決め、病院から死亡診断書を貰わなくてはならないママたちは、まだ帰れないという。
その間に掃除をして、おばあちゃんを向かい入れる準備をして欲しいと頼まれ、快諾した。
祖母が倒れて以来、必要なものを一度取りに戻っただけで、ママは自宅に帰っていない。
当然ながら家事などできず、パパがやっていたとも思えない。

せめて、綺麗な部屋におばあちゃんを迎え入れてあげなければ⋯⋯。

そう気ばかりが焦って体がついて来なかったのか。クローゼットに向かう途中でよろめき、ボードにぶつかる。その拍子に飾られていた花瓶が床に落ち、ガラスの割れる音が派手に響いた。

間を置かず、今度は司の部屋へと繋がるドアが乱暴に叩かれる。

「つくし、どうした? 大丈夫か?」

今の音で起こしてしまったか。

いつもなら廊下側の扉を経由する司が、中で繋がるドアの向こうから、多分に焦りを滲ませている。
心配する声に慌てて部屋全体の電気を付け、鍵を開けた。

「ごめん、起こしちゃって。花瓶、割っちゃったの」
「怪我は?」

顔を見るなり謝れば、顔色を変えて私の手を掴んだ司は、「手は怪我してねぇな。他も異常ねぇか?」と、目線を上下左右にと隈なく走らせ、私の無事を確かめていく。

「大丈夫。怪我はしてない。それより、司⋯⋯。おばあちゃん、さっき亡くなったって」

私の手を掴んだまま、司の動きがピタリと止まった。
互いに声を詰まらせ訪れた、一時の沈黙。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。

「私、実家に行かなくちゃ。おばあちゃんが帰って来る前に、掃除をして綺麗にしておかないと」

「俺も行く」

食い気味に司が言う。

「大丈夫。心配しないで? 司は仕事があるんだし――」

「俺も行く」

言い終わる前に、司はもう一度同じ言葉を重ねた。譲る意志はないのだと、ギュッと握り込んだ手に訴えてくる。

「ばあちゃんの帰り、一緒に待たせくれねぇか? 俺もつくしと一緒に、ばあちゃんを迎えてやりてぇ。俺も、ばあちゃんの孫だろ?」

本当は心細かった。
現実に心が追いつかない。
おばあちゃんが倒れるずっと前から、年齢を考えれば、いつかは哀しい別れが訪れるって、頭ではわかっていたのに。
実際は、ママに言われて覚悟を決めたつもりでも、その「いつか」が今日であることの覚悟は、全くできていなかった。
迷子にでもなったかのように、心細くて堪らない。

「うん。ありがとう」

だから、司の申し出は心強くて、目を伏せてお礼を言う。

「用意してくるから、つくしも着替えてこい。花瓶はそのままにしとけよ。絶対触んなよ? あとで片付けさせる」

静かに頷き返し、私たちは急いで用意をした。



✦❃✦



実家に着き、幾らもしないうちに、進もやって来た。

「⋯⋯姉ちゃん」
「進⋯⋯」

目を合わせ互いを呼んだきり、後が続かない。
話したいことはある。なのに、ぐちゃぐちゃに感情が乱れて声にならない。
同じ心境だとわかる私たちは、敢えて無理して語らず、黙々と片付けに徹した。

パパが使ったまま放置しただろう、シンクの中の湯呑やお皿を洗い、司と進は、おばあちゃんが使っていたベッドを二階の空いている部屋へと運ぶ。
司がいてくれて助かった。
電動式の重いベッドは、私と進のふたりだけなら運べなかったかもしれない。

ベッドがなくなり部屋が広くなっても、そこかしこに散らばる祖母の痕跡。一棹の箪笥に付いた傷ですら、在りし日の祖母へと結びついてしまう。
見つけるたびに思いに沈みそうで、打ち消すように頭を振った。

⋯⋯今は、やるべきことをやらなくちゃ。

そう頭を切り替え、窓を開けてはたきをかけていく。
それが終われば、今度は掃除機だ。
窓を開けたままにしておきたくても、まだ夜明け前の時刻。こんな時間からの掃除機の音は、ご近所にとっては騒音でしかなく、窓を閉めてから丁寧にかけ始める。
その傍らでは、進と共に司までもが、慣れない手付きで窓拭きを手伝ってくれていた。


一階の掃除が一通り終わった頃には、窓から見る空は白み始めていた。

綺麗になった和室に布団を敷き、押し入れにしまってあった新品の白いシーツを卸す。
丁度そのとき、推し量ったようインターフォンが鳴る。
祖母が帰って来たのかと、何とも言えない緊張が走るが、

「タマだ」

どうやら違ったらしい。モニターを確認するまでもなく、司が答えた。

「タマ先輩?」
「ああ。ちょっと待ってろ」

タマ先輩がここに来た理由は何なのか。司は答えないまま玄関に向かう。
道明寺家を出てくるとき、起こしては申し訳ないと思いつつも、タマ先輩にだけは祖母の訃報を伝えてきた。
それと、お義父さまとお義母様には、起きてから事情を伝えて欲しいという伝言も。
私を心配そうに見つめた先輩は、こちらに来るようなことは何も言ってなかったと思うけれど⋯⋯。

布団を整えながら思考を巡らせていると、

「お邪魔させてもらいますよ」

司の後に続いて先輩が姿を見せた。
その手には、紫色の風呂敷包み。
司も、先輩のものとは形状は違うが、同じ色の風呂敷にくるまれた物を持っている。

「みんなの飯、持ってきてもらった。お袋さんや親父さんだって、きっとろくに食べてねぇだろ」

司に言われて、ああ、そうか、と気づく。
まただ。またも私は考えが及ばなかった。
おばあちゃんが何時危篤状態になったのかはわからないけれど、ママやパパは大変な夜を過ごし、きっと睡眠も取れていないに違いない。司が言ったように、食事だってままならなかっただろう。なのに――――。

「私、本当に気が回らなくて⋯⋯。司、ありがとう。先輩も、わざわざすみません。ありがとうございます」

「なに言ってんだい。普通とは違う状況に身を置いてるんだ。こんなときはね、周りがサポートするのが当たり前なんだよ」

言いながら先輩が風呂敷を解けば、大皿に乗る沢山のおにぎり。
司が持っていたのは、豚汁が入った鍋だそうで、コンロの上に置かれている。

「つくしも進さんも、食欲はないだろうけど、少しずつでも良いから、ちゃんと食べるんだよ」

はい、と返した私の隣では、丁寧に礼を言う進が深々と頭を下げた。

「つくし」

私の両手を纏めて包んだ先輩が、私を見上げる。労るような情深い眼差しで。

「何か手伝いが必要なら、遠慮なく言うんだよ? こんなときに遠慮なんかしちゃけいけない。わかったね?」

「⋯⋯はい。そのときは、お言葉に甘えます」

詰まる喉に逆らいながら何とか返せば、長居せずに先輩は帰って行った。
改めて、お線香を上げさせてもらいに来るよ。最後にそう言い添えて。

そして――――。

程なくして、その時は来た。
顔に隠しようのない疲れが滲む、ママとパパ。
それから、黒のスーツに身を包んだ男女。葬儀社の方たちだろう。
その二人によって、大事に慎重に運ばれ――――おばあちゃんは朝日が昇る頃、無言の帰宅を果たした。



ありふれた日常の一コマとは掛け離れたこの光景は、本当に現実の出来事なんだろうか。
それとも私は、夢でも見ているのだろうか。
夢なら今直ぐ醒めて欲しい。こんな悪夢なんて要らない。

けれど、夢は終わらない。
目の中に映るのは、葬儀社スタッフのリアルな動き。これが現実。
ぼんやりと霞む思考のままリビングに佇み、そんなスタッフの人たちの動きを目で追う。
幾つかの確認事項をした葬儀社の方たちは、遺族である私たち家族に心を配りながらも、無駄のない動作で布団に祖母を寝かせ、見えないようにドライアイスを置き、枕飾りを設けていく。

全てが整うと、みんなで順に線香を上げる。
それも終われば、今度は葬儀の打ち合わせをしなければならない。
リビングに場所を移した全員へお茶出しを済ませた私は、ひとりまた和室に足を向けた。

線香の細く白い煙がたなびく枕飾りの向こう。物言わぬ祖母が横たわる。
近づき、傍に座る。
顔に乗せられた白い布を、そっと取った。

安らかな旅立ちだったとママが言ったとおり、近くで見る祖母の顔は穏やかだ。声をかけたら今にも起き出しそうなくらいに。

「おばあちゃん⋯⋯おばあちゃん? つくしよ?」

けれども、何度呼びかけても反応はない。

「おばあちゃん」

もう一度声をかけ、何も語ってはくれない祖母の頬に手を伸ばし――――そして、肌に触れた瞬間。強烈に私に知らしめた。生命が途切れたのだと。 

祖母の体の冷たさが、じわじわと私の胸にまで伝わり喪失感が襲う。
漠然と頭に描いていた『死』など生ぬるい。
魂の宿っていない身体は、氷のように冷たく、硬く――――。
これが人の終焉なのだと、容赦なく心を打ちのめす。

たった2週間ほど前だ。温かい手が私の手を包んでくれたのは。
それがこんなにも変わるのか。
祖母の身体が、全く別の何かだと思えてしまうほどに――――。

ついこの間まで、美味しそうに鮎を食べていた祖母の、「つくしちゃん」と優しく呼ぶ声も、目を細めた柔らかい笑みも、温かい手も⋯⋯。全部が全部、何もかもが全部、永遠に奪われてしまった。
もう二度と、おばあちゃんは私たちの元へは帰って来ない。散った命は取り戻せない。
今更のことを思い知らせるように、亡骸となった肌の温度が、肌の感触が、これでもかと現実を突きつけてくる。私に絶望を見せる。


――――そのとき。何かが触れた。
喪心したように固まる私の肩に、触れてくる何か。

それが司の手であると気づいたのは、ママに声を掛けられてからだった。

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  • Posted by 葉月
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Lover vol.52


 Lover vol.52


「ただいまー!」

実家のインターフォンを鳴らし、開けられた玄関を潜って威勢良く言えば、

「⋯⋯あら? 肝心な道明寺さまは?」

迎える側の第一声が、何とも失礼なこれ。
私の背後ばかりを気にかける母親は、肝心・・な娘の夫の姿ばかりを探している。
私が重そうに荷物を抱えているのが目に入らないのか、相も変わらず娘に酷い。
どんだけ司贔屓なんだと、呆れ塗れに半目で母を見た。

「司なら、急遽確認しなきゃならない仕事が入って、会社に行ったわよ。夕飯までにはこっちに来るって言ってたから、そのうち現れんでしょ。それより、小さい箱だけでも持ってくれると、凄ーく助かるんですけど!」

「あらやだ、重そうね」

思ったとおり、今気づいたとばかりの言いっぷりだ。
本当に目の前の娘を視界に入れていなかったとは⋯⋯。
どんだけ司を待ち侘びてたんだか、この人は。


残念ながら、軽井沢から邸に戻った司を待ち受けていたのは、

『お休みのところ大変心苦しいのですが、一度、会社にて確認していただきたいものがございまして』

全く心苦しさを感じさせない無表情の西田さんで、司は無慈悲にも連行された。
夕飯はこっちで摂ることになっているから、そう遅くなることはないと思うけど。

重ね持っていた上段の小さい方の箱を母に預けた私は、僅かに軽くなった荷物を持ってズカズカと上がり込む。
足を踏み入れたダイニングには、母とお茶を飲んでいたのか、丁度良くおばあちゃんがいた。

「おばあちゃん、司からお土産よ!」

「おやまぁ。司くんがかい?」

「うん!」

テーブルに箱を置き、封じてあるテープを剥がして蓋を開ければ、飾りの松の葉と氷以外、隅から隅までぎっちりと並ぶ、鮎、鮎、鮎。

⋯⋯っ! 何匹あんのよ、コレ!

加減を知らない司らしい量に、目を見開くしかない。

「まぁ。⋯⋯そう。司くんが鮎を⋯⋯本当に、あの子は⋯⋯」

何だろうか、このおばあちゃんの反応は。
何やら含みがありそうな言いように、落ち着かせた目線を祖母へと移す。

「おばあちゃん、どうかした?」

おばあちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせて、真相を教えてくれた。

「前に司くんが来たとき、色々話したって言ったのを、覚えてるかい?」

「そういえば、そんなこと言ってたね」

前回の訪問の夕食後、私が片付けを手伝っている間、ゲームに耽っているパパたちには混ざらず、司だけはおばあちゃんと一緒にいた。その時のことだ。
私たちが以前に別れたことや、今回の結婚に至るまでを司は語ったのだと、あの日おばあちゃんは言っていたけど、この口ぶりから察するに、どうやらそれだけじゃなかったようだ。

「その時にね、田舎の話もしたんだよ」

「田舎の話?」

「そう、福島の話をね。
私が以前は福島に住んでたって言ったら、司くんの会社の社食では、率先して福島県産の食材を使ってるって教えてくれてね。それを訊いて嬉しくなっちゃったもんだから、私が東京からお祖父ちゃんのところに嫁いで真っ先に思ったのは、空気が美味しくて、野菜も果物もお米も、食べもの全部が本当に美味しくて、食べることが何よりも楽しみだったって、嬉々としてそんな話をしてしまったんだよ」

今、血筋を垣間見た気がする。
私の食いしん坊は、まさかの祖母からの遺伝だったのか。

「その中でも特に気に入って大好物になったのが鮎の塩焼きで、それまで食べたことがなかったから、余計に嵌ってしまってね。お祖父ちゃんが元気だった頃は、夏になると自ら釣ってきてくれて、亡くなってからは、山本不動尊に良く買いに行ったものだよ」

祖母の話が刺激剤となったのか、無意識のうちにしまい込んでいた記憶のページが開く。

山本不動尊――――祖母の自宅から20分ほど車を走らせたところに、そんな寺院があったのを思い出す。
祖母と共に何度か訪れたことがある場所だ。

渓流に架かる赤い橋を渡ると長くて急な石段があって、登りつめた先の洞窟に尊像が納められていたはず。
でも子供の頃は、厳かで静謐な雰囲気が何となく怖くて、足が竦んで。
それなのに、山本不動尊に行く祖母に着いて行っていたのは、境内にある食事処で売られている、焼き立ての団子がお目当て。
私と進が買ってもらった団子を頬張る傍では、確かにいつだって祖母は鮎を食べていた。
その場所で鮎の塩焼きが買えることさえ忘れていたが、今はその光景がしっかりと脳裏に思い浮かび、そして――――ハッと気づく。

もしかして、そんな話を訊いたから、だから司は鮎を用意してくれたの⋯⋯?

「車の免許を返してからは、なかなか買いに行くこともできなくてね。そんなつまらない話を訊かせてしてしまったもんだから、きっと司くんに気を遣わせてしまったんだろうねぇ」

『――――本当は俺らで釣りたかったんだけどよ――――』
『ばあちゃんに食わせてやれ――――』

数刻前の司の言葉が蘇る。

初めから司は、おばあちゃんに鮎を食べさせるつもりで⋯⋯。

あのバカ、それならそうと言ってくれれば良いのに。

「司、そういうこと何も言わないから⋯⋯」

「それが司くんなんだろうね。掛け値なしの優しさを持っている子なんだよ」

日頃は横柄で横暴で、けれど、それに反して情の深い一面を隠し持っているのを、悔しいけれど知っている。

「それにしても、鮎を食べるのは久しぶりだねぇ。司くんに感謝しなきゃいけないねぇ」

目を細めて艶のある鮎を見ている祖母は、本当は違う何かを見ているように思えて、考えるより先に思考は口から零れた。

「おばあちゃん、福島が恋しい? 田舎に帰りたい?」

顔を上げた祖母は、一瞬だけ驚いたような顔をして、でもまた直ぐに穏やかな笑みに戻る。

「恋しいけれども、心の中にある思い出だけで充分。過去にばかり囚われてしがみついていたって、何も良いことなんてないからねぇ。だからね、つくしちゃん。つくしちゃんも、今をちゃんと生きて、前をしっかり向いて歩いて行かなきゃいけないよ」

突っ立ったまま、テーブルに乗せていた私の手を、おばあちゃんのものが優しく包む。
更にその上に、包まれた方とは逆の手を重ねた私は、「うん」と静かに頷いた。

「さあさ、つくしには勿体ない道明寺さまが帰って来る前に、さっさと夕飯の用意するわよ。お母さん、鮎は串付きの方が食べやすいわよね? つくし、これ使っても良いんでしょ?」

あっちにこっちにと忙しなく会話を振るママの「これ」とは、私が持ってきた、母に預けた方の小さい箱。
その中身は家庭用焼き鳥機で、鮎を焼くのに丁度良いかと思い持ち込んだ。

「うん、使って。っていうか、それあげる」

「まだ新しそうなのに、貰っても良いの?」

もう使う機会がないものだ。
でも、それを説明するには、心あらずでゆとりがなくて、頷くだけに止めた私は――――

「これで焼くだけじゃ間に合わないから、グリルも使えば良いわね。ほら、つくしも手伝って」

ママに言われるがまま手伝いをはじめても、どうしてもソワソワと落ち着かなかった。

黙々と夕飯の準備をして、またもや、定時前に帰ってきたパパに焼き鳥機で鮎を焼かせて。
ある程度の用意が済んで茶碗をテーブルに並べる段になっても、ちっとも心は落ち着かなかい。
それもこれも、司のせいだ。
おばあちゃん曰くの、『掛け値なしの優しさ』とやらに触れたせい。
挙げ句、いつかの光景が頭にチラつき始めて⋯⋯。

「あー、もう!」

私は、借りていたエプロンを乱暴に脱ぎ捨てた。

「ママ、あたしちょっと出かけてくる!」

キッチンにいる母親に向かって叫ぶ。

「え? 道明寺さまが来るっていうのに、どこ行くのよ!」

「直ぐ戻るから! ママ、自転車借りるね!」

そう言って、全速力で自宅を飛び出した。



✦❃✦



いつかの光景が隣にある。
みんなが揃い、夕飯を食べ始めたというのに、隣の男は動かない。茶碗を手にしたまま、一向に食事に手を付けようとしない。
まるで、いつかの光景――――前回、ここで食事をしたときのように。

ただ、一点だけ違うのは、その表情。
前は不貞ていたが、今は締りのない顔を晒している。
今日もまた、我が家の夕食には飛び入り参加の類もいるのに、それすら気にならないのか、ご満悦だ。

⋯⋯こっちが恥ずかしいから、その顔引っ込めなさいよ!

そう思うも、つつけば浮かれた司が何かを言い出すやも知れず、恥をかきたくない私は押し黙るしかない。

「司くん。鮎、とっても美味しいよ。どうもありがとうねぇ」

「喜んでもらえたなら何よりです」

おばあちゃんに話しかけられた一瞬だけは、まともに対応した司だけれど、直ぐにニヤけた顔に逆戻る。

類にだって、昼間はあんなに怒っていたくせに、

「単純」

類にバカにされても反応しないほど、上機嫌らしい。
進の存在に至っては、居ることすら気づいているのかいないのか。

そのご機嫌な理由が、茶碗にある。
前回は、自分だけ茶碗が違うことにイジケていた。子供みたいに。
その顔が脳裏にチラついて離れなかった私は、だから急いで買い物に出た。司の茶碗を求めて。

でも、みんなとお揃いの茶碗は探しても見つからなくて、仕方なく私と司、二人お揃いの茶碗を買った⋯⋯そう、あくまで仕方なくだ。
つまり、私が買った茶碗は、世間で言うところの夫婦茶碗ってやつで。それが、大いにこの男を喜ばせているらしい。

あんたが、おばあちゃんに親切にしてくれたから、そのお礼よ!
それだけなんだからね!
だから、うっとりした目で、あんたと私の茶碗を交互に見るのは即刻止めなさい!

そう言いたくても、頭にお花が咲いている司に触れれば、土壺に嵌るのは私のような気がして、これまた何も言えない。

司の向こう側では、面白がって目をキラキラさせている類が視界に入り落ち着かず、顔の向きを若干おばあちゃん寄りにする。

が、おばあちゃんまでもがニコニコしていた。
呆れるどころか、うんうんと嬉しそうに頷きながら、目を細めて司を見ている。

⋯⋯居た堪れないんですけど。

遂に限界を突破した私は、隣の男の足を踏みつけ、

「いい加減食べなさいよね!」

言い捨てると、祖母側へ体ごと向きを変えた。
こうなったら、何を言っても勝てる気がしない類は諦め、せめて祖母だけでも、

「そうだ、おばあちゃん!」

全く別の話題を振って、気を逸らせるしかない。

「私ね、今、野菜を育ててるの」

「おや、つくしちゃんがかい? それは大変だろう」

「うん。でも楽しいよ。もう直ぐ色々と収穫できそうなんだ」

そこまで言って、前々から考えていたことを口にする。

「ねぇ、おばあちゃん。収穫したら持ってくるから、一緒に食べてくれる?」

子供の頃は、祖母が育てた野菜を食べ、大人になった今、今度は自分が作った野菜を祖母に食べてもらう。
恩返し、というにはお粗末だけれど、あの夏の日の思い出があったからこそ始めた野菜作り。
その野菜をおばあちゃんと一緒に食べながら、『田舎で過ごした夏の思い出が、今でも私の大切な宝物なんだよ』そう、愛情を沢山注いでくれた祖母に感謝を伝えよう。

「もちろんだよ。つくしちゃんが育てた野菜を食べれるなんて、また楽しみが一つ増えたねぇ。つくしちゃんの野菜は食べられるわ、この前は進くんが、可愛らしいパジャマを買ってきてくれるわ、その上、心優しい司くんっていう孫まで増えた」

「ぐふっ⋯⋯!」

やっと食べだした司だったが、褒められたことに動揺して喉を詰まらせたのか、変な音を出す。

「優しい自慢の孫たちと、その孫たちの大切な友達である類くんに囲まれて、私は、世界一幸せな『おばあちゃん』だ」

「おばあちゃんったら大袈裟よ! でも、そんなもので喜んでくれるなら、沢山お野菜持ってこなくっちゃ! おばあちゃんの野菜には負けるかもだけど、楽しみに待っててね!」

「ああ、一緒に食べるのを楽しみにしてるよ」

けれど――――。









そんなささやかな約束が果たせる日は、永遠に訪れることはなかった。

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  • Posted by 葉月
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Lover vol.51


「司さま、お待ちしておりました。遅ればせながら、この度はご結婚、誠におめでとうございます」

「ああ。今日は世話になる。妻のつくしだ。これからよろしく頼むな」

出迎えてくれたのは、この別荘の管理をしている川村さんという男性で、年の頃は50代半ばだろうか。噂の蕎麦打ち名人という方だ。
その後ろには、使用人の方たちもいるけれど、そう多くはない。

石張りと木で造られたモダンな別荘は、南側部分が緩やかな曲線を描き、贅沢に嵌め込んだ大きな窓からは絶景のパノラマが拝める造りになっている。
もはや空間の無駄遣いじゃなかろうか、と思うほど玄関からして圧倒的な広さを誇っているここは、本邸とは違って、少人数にて守ってくれている訊いている。

川村さんは目尻を下げ、見るからに人の良さそうな温和な顔で私と向き合った。

「つくしさま、お初にお目にかかります。こちらを管理しております、川村と申します。使用人一同、つくしさまにお会いできるのを楽しみにしておりました」

「はじめまして、つくしです。こちらこそ、お会いできて嬉しいです。今日はお世話になります」

挨拶をしながら右手を捻り、更には振る。
なぜそんなことをしているかといえば――――ふざけたことに司が私の手を握って離さないからだ。
挨拶をするのに、これはない。
類と手を繋いでいたって話がよっぽど面白くなかったのか、車の中で突然人の手を握りしめたかと思えば、指まで絡めてきた。
振り解こうと頑張ってみても、こうしてガッチリ掴んで離しやしない。

そんな私たちの手元に視線を落とした川村さんさは、嬉しそうに笑み崩れた。

絶対、勘違いしている。
仲睦まじく見えるんだろうけど、全然違いますから!
何ならさっきまで言い合いしてましたから! 
そう言いたいけれど、初対面の人に、いきなりそれもどうかと思い言葉を呑む。

「さあさ、お疲れになったでしょう。お風呂のご用意ができておりますので、先ずは汗を流されてください。もちろん、お着替えもご用意してありますので、ご心配なく。上がられましたら、直ぐに昼食をご用意いたしますね」

結局、バスルームに入る直前まで、司の手が離れることはなかった。



 Lover vol.51



汗を流しサッパリした私たちは、浅間山を望む広いウッドデッキのテラス席に案内された。
森に抱かれた場所に建つ別荘は、どこを切り取っても一枚の絵画のようで、初夏の兆しを感じる陽射しに目を細めながら、暫し風景を楽しむ。

やがて、パラソルの下のテーブルに運ばれてきたのは、噂の手打ち蕎麦に天婦羅。それと、本わさびが一本、鮫皮おろしと共に添えられてある。

「最初は、蕎麦つゆにつけずに、すりおろしたわさびを蕎麦に乗せ、そのままお召し上がりください。蕎麦とわさびの香りが楽しめるかと思います」

川村さんに言われたとおり早速、わさびを自分ですりおろして蕎麦に乗せて口に運ぶ。
噛めば、ふつりと切れる食感が堪らない。
蕎麦のほのかな甘みと旨みが舌に広がるとともに、わさびの辛味がツーンと鼻の奥を刺激する。遅れて爽やかな香りが通り抜けていった。

「味わい深くて美味しい」

お世辞でも何でもなく沁み沁み言えば、司も頷く。

「お、悪くねぇな」

舌の超えた司も納得の味だったようだ。

「繊細な味が堪らないよね。これは癖になるかも」

「つくしさま、食べたくなったら、いつでもいらしてくださいね。お待ちしておりますよ」

「はい! その時は遠慮なく!  こんなに風味豊かなお蕎麦は初めてです」

美味しい物と川村さんの穏やかな笑みに釣られて、私も自然と顔が綻ぶ。

「それに、おろしたてのこのワサビも、爽やかで美味しい。⋯⋯これ――――」

「焼き鳥にも合いそうだな」

今まさに言おうした呟きを司が奪う。
どうやら思うところは同じだったらしい。

「こちらのわさびも、近くの沢を利用して私が育てておりまして、よろしければ、お持ち帰りになられますか?」

「え、良いんですか?」

「もちろんでございます。道明寺家の土地で育てている道明寺家所有のものですから、お好きなだけお持ち帰りください。食後、沢へ案内いたしましょう」

「ありがとうございます! 嬉しい!」

喜びながら、チラリと頭を掠めるのは、例のアレ。
このワサビで焼き鳥を食べるとなると、きっと、あの店もどきで焼くことになる。また司の思いどおりになるのかと溜め息が漏れそうになるが、建ててしまったものは仕方がない。

元はと言えば、悪妻目指して明るいうちからビール片手に焼き鳥を食べたのが発端だ。
まさか、気に入られるとは思いもしなかったが、焼き鳥の美味しさを教えてしまった自分にも、責任の一欠片くらいはあるのかもしれない。
そう思って店もどきを受け入れるしかない。諦めよう。
それに、日本三大地鶏の仕入れ契約をしてしまったのだから、使わないのは勿体ない。
その鶏たちにこのわさびを添えたら最高に決まってる。食べる前からわかる。絶対に美味しい。

つまるところ、美味しさの魅力の前では抗えないっていう情けない話で。不満の残滓は呆気なく無力化され、近いうちにわさび乗せの焼き鳥にありつこうと、調子の良い私の頭の中はそればかり。
そんな私に、川村さんが声をかけた。

「魚の方ももう直ぐ焼き上がりますので、もう少々お待ちくださいね」

「はい。皆さんも遠慮せずに召し上がってくださいね」

沢山釣れた川魚は、到底司とふたりで食べ切れる量じゃなく、使用人の方や、付いてきてくれているSPの方たちにも振る舞ってもらえるよう、事前に頼んである。

「お気遣いありがとうございます、つくしさま。お言葉に甘えて、一同有り難く頂きます。――――それとこちらは、司さまに頼まれていたものになります」

別の使用人が運んできたものを受け取った川村さんが、それを私の前に静かに置く。

置かれのは、鮨桶。
その中身は――――。

「イクラづくし」

唖然としながら呟いたとおり、オレンジに輝くイクラの軍艦のみが、びっしりと並んでいる。
その意図など考えるまでもなく――――。

「おぅ。急遽、頼んだ。思う存分喰え。この俺が泣きそうになるくれぇの話聞いちまったら、喰わせてやりたくもなんだろ」

やっぱりな理由だった。

「いや、あんた、派手に吹き出してたでしょうが」

「いいから、沢山喰えよ。ニジマスになんか負けんじゃねぇぞ」

泣きそうになるどころか、今だって笑っている司だが、どうやらからかっているわけではなく、本気で同情しているらしい。
司自ら小皿に醤油まで入れてくれる。

どんだけ可哀想だと思われたんだ、私。

にしても、蕎麦に天婦羅、これから川魚だってくるのに、そこにイクラ。食べられるのだろうか。

けれど、そんな不安は杞憂だった。
貧乏育ちの勿体ない精神が育んだ強靭な胃袋は伊達じゃなく、予め、お蕎麦の量を少なめにしてくれていたお陰もあって、気づけば不安どころか美味しく綺麗に平らげていた。





「川村さん、色々とありがとうございました」

「とんでもごさいません、つくしさま。ご一緒できて喜びしかございません」

食後に沢を案内してくれた川村さんは、私たちを見送るため、こうしてエアポートにまで来てくれている。
沢では想像以上の数の山葵わさびが青々と葉を広げていて、その傍で育っていたクレソンと共に、袋いっぱいに持たせてくれた川村さんには、何から何まで世話になりっぱなしだ。

「司さま、こちらを」

川村さんが自身の手に持つ物に視線を落とす。
ずっと気にはなっていたのだが、川村さんの腕には紙袋がぶら下がり、腕に抱えているのは発泡スチロールの謎の箱。

司はそれが何であるのか知っているようで「ああ」と頷いたあと、中身の正体を教えてくれた。

「鮎だ。本当は俺らで釣りたかったんだけどよ、この辺りはまだ、鮎釣り解禁になってねぇらしい」

川魚の王様、鮎。
それを何故に? 

「仕方ねぇから、川村に頼んで用意してもらった。つくしの実家に土産だ」

「え、うちの実家に?」

「あぁ。ばあちゃんに喰わせてやれ。東京に着いたら届けに行こうぜ」

まさか、実家へのお土産だったとは。
実家を気にかけてくれるのは、有り難い。素直に嬉しいとも思う。
同時に、またもや手を煩わせてしまった川村さんに申し訳なさも募る。

「ありがとう、司。みんな喜ぶよ。川村さんも、ありがとうございます。最後の最後までお手数おかけして、すみません」

「これしきのこと、大したことありませんよ。寧ろ司さまが、つくしさまと、つくしさまの実家を大切にされる立派な男性になられたのが誇らしく、喜んで協力させてもらいました」

その顔に嘘はなさそうで、優しく目尻が下がっている。
きっと川村さんは、高校生の司も見てきたのだろう。
触れれば切れそうな、歩く凶器と化していた頃を思えば、幾分丸くなった今の変わりざまに、万感の思いが溢れるのも頷ける。

誇らしく思われた本人はといえば、気恥ずかしいのか、それとも過去の自分に居た堪れなくて顔を見られたくないのか、明後日の方向を向いていている。
隠しようのない耳だけを、ほんのりと赤く染めて。

その姿を見た私と川村さんは、可能な限り声を潜めてクスクスと笑ったつもりだったけど、赤い耳にはしっかり届いていたようで、小さな舌打ちが聞こえてくる。それでもこちらを向こうとはしないのだから、私たちの発作はなかなか止まらなかった。


どうにか笑いの波が一山超えたところで、腕に引っ掛けていた紙袋から、川村さんが瓶を取り出す。

「そうそう、これも宜しければお持ちください」

取り出したそれは、ワイン型の透明な瓶。中の液体も透明だ。

「これは?」

「竹水です」

「ちくすい?」

聞き慣れない言葉を鸚鵡返しになぞる。

「はい。一年のうち、今の一時だけ竹から取れる水です。飲むことは勿論のこと、美容に良い成分がたっぷり含まれていますので、お肌に塗れば肌の老化を抑制し、ツルツルになりますよ」

「うわ、それは凄いですね! そんな貴重なものを頂いても良いんですか?」

「えぇ、どうぞ遠慮なさらずに」

有り難く紙袋ごと受け取れば、川村さんは更に続けた。

「春には筍が取れますし、秋には松茸も取れます。季節ごとに違う顔を見せる軽井沢に、是非また遊びにいらしてくださいね」

筍に松茸。惹かれるには充分な誘い文句に「はい!」元気良く返した私は、司と共にヘリに乗り込んだ。

川村さんを始めとする見送りに来てくれた人たちに機内から手を振って。やがてその姿も見えなくなると、千切れんばかりに振っていた右手を司に掴まれた。

この男。類との件、まだ根に持っていたのか⋯⋯。

「ちょっと、離してってば」

竹水の入った紙袋を左手に抱えているのに右手まで掴まれて、不自由ったらない。
けれど、抗議したところで聞く耳持たないのは、若い頃からの付き合いで学習済み。仕方なく不満は溜め息一つで流して、諦めながら会話をする。

「ねぇ、竹水って知ってた? 肌の老化を抑えてくれるなんて凄いよね? 魔法みたい。タマ先輩にもお裾分けしようかなぁ」

「タマに?」

何故だか司は、難問でも解いているかのような、難しそうな表情になる。

「そう、先輩に」

「それ、流石に手遅れだろ」

「⋯⋯⋯⋯え、うん、そっか」

何とも失礼な会話を繰り広げながら、私たちは帰路に就いた。

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  • Posted by 葉月
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