fc2ブログ

Welcome to my blog

ご挨拶とお願い


初めまして。
お越し頂きまして、ありがとうございます。

【Once more】は、花男(CPつかつく)の二次小説置き場となっております。

個人が運営している趣味のサイトですので、原作者様、出版社様等とは一切関係ございません。

また、原作のイメージを損なう恐れもあります。
このようなものに抵抗のある方の閲覧はご遠慮下さい。

あくまで個人の趣味である妄想であり、拙文ではありますが、無断転載・二次転載・お持ち帰り等はお断り致しております。
尚、誠に勝手ながら誹謗・中傷等も一切受け付けておりません。返信も出来かねます。

恐縮ではありますが、どうか予めご了承頂いた上でお付き合い下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

つかつくの幸せを願いながら、皆様と楽しい一時を過ごせたら嬉しく思います。


葉月

スポンサーサイト



  • Posted by 葉月
  •  10

手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 6.



牧野の謎発言により発生した沈黙から、いち早く抜け出したのは腹黒王子だ。
歳が30にもなるというのに、首をコテっと倒す仕草が不思議と様になる類が牧野に訊く。

「牧野、ファイルナンバーってどういうこと? 11番って?」
「彼女は11番。司と関係あった女性に番号を付けてみたの」

付けてみたって、どうしてそんな発想になった! と全力で牧野に問いたい。
それが通じたのか、俺の心中に応えるように牧野が言う。

「だって、その方が頭に入ってきやすいし」

そうか。頭に入りやすいのか。なら仕方ないな⋯⋯って、なるか!
『だって』の理由付けが絶対におかしいだろうが。知りたいのはそこじゃない、と頭を抱えたくなる。
司の過去の女をナンバー化することからして奇想天外なのに、理由がその方が頭に入りやすいからとは、どんな説明だ。全く説明になっていない!
エキセントリック過ぎる知能で、おまえは、一体何を思いつき何を頭に叩き込んでるんだ!

────⋯⋯いや、やめよう。考えるのはよそう。
頭が良すぎる女の思考回路なんて、所詮、俺なんかに分かるはずがない。
頭の良い奴と変人は紙一重。理解しようとすればするほど、自分の思考とは天と地ほどの隔たりを思い知らされ、まともな俺の精神が摩耗するだけ。
ならば、事実だけを受け入れれば良い。
どこをどう辿ればそんな結論に行き着くのか、牧野の謎論法を理解する日は生涯訪れないかもしれないが、とにかく牧野は司の過去の女に番号を付けている。うん、そうだ。その事実だけを受け入れれば良い。深くは考えるな、俺!

それにしても、あの女が11番だというなら、その前もいるはずで。その後の番号といったら、どれだけ膨大な数が続くのか。それを全部頭にインプットしているとしたら考えるだに恐ろしく、遠い目になりながらも、類と牧野の会話にだけは耳を澄ませた。

「番号を付けてるくらいだから、牧野はあの女のことを最初から知ってたんだよね?」

「うん。会社も同じだったしね。部署こそ違うけど、存在は知ってたわ」

おい。じゃあ、何か? 
以前から知ってたのに、知らない振りをしていたのか?

「だったら牧野、なんで知らない振りしたんだよ」

誰もが思うだろう質問を代表して訊いたのは総二郎で、牧野は間髪入れずに即答した。

「胸が大きかったから」

「は?」
「は?」
「は?」

俺と総二郎だけじゃない。珍しく司の声まで重なる。

おい牧野、『あれ、何で分からないの?』的な顔をするな。
この場合、どう考えてもおかしいのはおまえだ。色々と端折りすぎだろ。
その端的な言葉で、俺たちに何を読み取れって言うんだ?
謎かけか? 俺たちを試してるのか?
第三形態として生まれ変わった牧野は、プライベートにおいて、ちょくちょくこのような物言いが多くなった。
牧野の言葉足らずは絶対に、『思ったことは何でも口にしろ』と司が言い聞かせたことにより生まれた弊害だ。
だがな。思ったままを口にされても、言いたいことが通じなければ意味がない。
頼むから文章を組み立ててから口にしてもらえないだろうか。そう願いながら、牧野が話を先に進めるのを待つしかない。

寸秒の空白ののち、やっと牧野は、誰にも何も通じていないこの状況を認めたのか、「だってね」と、説明らしきものを始めた。

「彼女、NYにいる頃から何かと目立ってたのよ。それを自覚もしてただろうし、注目されるの大好きみたいだし、スタイル自慢の自信家。そんな彼女を、同じ会社で働いていている同じ日本人の私が知らないってことは、彼女にしてみれば面白くないわけよ。だから、知らないふりしたの。その方が気持ちを揺さぶれるでしょ? 冷静さを欠いてくれた方が、何かと有利に働くしね」

全て計算ずくだったとは⋯⋯。
しかもそれが有利に働くためだとは、初めから売られた喧嘩を買う気満々だったんだな、牧野⋯⋯恐るべしだ。

何だか俺は、空調が整っているはずのこの部屋で、首筋が冷たい北風にでも撫でられたような寒気を感じた。

「本当は、私だってあそこまで言うつもりはなかったのよ」と、牧野がツンと口を尖らせるが、それも束の間、揚々と話を続ける。

「でも、見たでしょ? 自分のスタイルに自信があるからって、馬鹿にしたように私の体を撫で回すように見て、全く失礼しちゃう! だから作戦変更! 向こうに言いたいだけ言わせて勝ったつもりにさせてから最後に落とす。この方が自尊心の高い彼女には効果覿面って判断したわけ。何か問題でも?」

「⋯⋯⋯⋯鉄パン履いてた頃が懐かしい」

総二郎がポツリ零す。

俺もそう思うよ。
昔から喧嘩上等なところはあった。
だがしかし、ウブで照れ屋で真っ直ぐで。それが哀しい出来事により、笑うことを忘れてポーカーフェイスの出来る女へと変わり、今や更なる変異が生じ、惚れた男の過去女を計算ずくしの笑顔で叩く策略家。
天然も相まって、常識を逸脱した大変おかしなことになっているこんな未来を、誰が予想しただろうか。
笑いながら戦う術まで身につけた怖い牧野を見た後となっちゃ、鉄パンだった頃を懐かしみたくもなるってもんだ。
人をこれほどまでに変えてしまう時の経過とは、何とも恐ろしいもんだ、としみじみ思う。

「それで牧野は、どうして司の過去の女を知ろうとしたわけ? 調べるのも大変だったんじゃない?」

牧野が何を言い出すのかと、ワクワクしているのが透けて見える笑顔で類が訊ねた。

「ううん。ナンバー付けしたのは私だけど、過去の女性たちの基本情報を調べたのは私じゃないの。大分前から調べていたのは、司のお母様」

「なっ⋯⋯バ、ババァが」

今夜、何度目の衝撃だろうか。
愕然とする司の口元がわなわなと震えだす。
無理もない。過去の過ちが婚約者だけに留まらず、母親にまでに知られているなんて、なんておぞましいんだ。
自分に当て嵌めて考えてみると、かつての年上既婚女性を、うちのお袋に把握されているってことだぞ? 想像しただけでゾッとし、肌が粟立つ。

恥ずかしいやら、情けないやら、みっともないやら。後ろめたさもあって、司は、さぞや居たたまれないことだろう。
もう一度記憶を失ってしまいたい、と咄嗟に願ってもおかしくないほど気の毒な話だ。

⋯⋯司くん、ご愁傷様。

俺は心から同情の眼差しを送った。

眼差しの先では、司がまだ唇をわなわなさせている。
そんな司に「そう。お義母様が」と、もう一度言って聞かせた牧野は、それから皆に真相を明かした。

「前にね、司と関係のあった一部の女性が、色々と騒ぎ立てたことがあったみたいで。それを機に、その後も事が厄介にならないようにって、司の女性関係を把握して、何かあった時にはすぐ対処できるようにしてたんですって。
で、私たちが婚約した今。最後の悪あがきをする人が現れるかもしれないから、嫌な思いをするだろうけど、何も知らないよりは心の準備が出来てた方が良いだろうってことでね、お義母様が調べていたものを譲り受けたってわけ。はーい、他にまだ質問あるひと~!」

なんで質問形式になった!と突っ込むより先に手が挙がる。

「はーい、はいはいはーい!」
「はーい、滋さん、どうぞ?」

真っ先に手を挙げたのは滋で、質問する前から破顔していているところからして、どうせ碌なことは言わないだろうと先が読める。

「その譲り受けた資料にはさ、司と女性のホテル滞在時間まで書いてあったの? だって平均45分なんでしょ? はははは! しかも、最短20分弱⋯⋯ぶっははは!」

案の定、人の不幸で大爆笑する滋。
愛する婚約者より、現在進行形で辱めを受けている不幸な男は、偉い物騒な顔で睨みつけているが、腹を捩って笑う滋は気づいちゃいない。

「あのアベレージは、私が付け足してみたの。
NYにいる頃、噂があったのよ。司の女性の扱いが酷いって。気に入らないんだか何だか、ホテルからつまみ出すのもしょっちゅうだって。それで、ちょっと調べてみようかなーって。
お義母様によれば、女性と過ごすホテルは大抵同じだったって言うし、そういう時も司にはSPが付いていたみたいだから、SPの方々の業務記録を調べれば分かるかなって。で、割り出してみたところ、あんな面白おかしな結果が出ました!」

SPの業務記録まで調べていたのか。
つーか、面白おかしななんて言ってやるな!

仕事が出来る女だとは分かっちゃいたが、まさかその能力をプライベートにまでも遺憾なく発揮していたとは⋯⋯。
唖然とすることが多すぎて、俺の顎はそろそろ外れそうだ。

と、そこへ総二郎が「はーーーーい!」と立ち上がり挙手する。

ここに来るのを嫌がってたくせして、何でそんなにウキウキなんだ!
悪ノリするな! 司の殺気に気づけ!

「どうぞ、西門さん」
「つくしちゃんと司の最短記録は何分───ぐはっ!」

懸念したとおりだ。
言い終える前に、崩れるようにソファーに身を沈めた総二郎。
もの凄いスピードで風を斬り、総二郎の左頬を襲ったそれは、キレた司が繰り出したパンチだった。

油断しすぎだ。
滋にこそ睨むだけに留めたが、司が野郎相手に遠慮するはずないだろうが。
警戒心を持て。と心底思うが、俺の幼なじみは、どいつもこいつもイカれてるらしい。
総二郎が殴られたばっかだと言うのに、果敢にも「ファイルナンバーって何番まで存在するの?」と恐れを知らぬ類が訊く。

⋯⋯だけどそれは、俺もちょっと気になるぞ。

「ファイルナンバーは13までよ」

おっと、そんなもんなのか? 遊びまくってた割には少ない数だ。
それが顔に出ていたのだろう。俺と目があった牧野は補足した。

「ファイルナンバーは、特に要注意人物をピックアップしただけなの。さっきの杉崎さんも、その内の一人ね。警戒対象は13人。その人達の行動パターンは、既に予測済みよ」
「行動パターン?」

やべぇ。ついうっかり声に出してしまった。
司を見れば、余計な口を利くんじゃねぇ! と言わんばかりに鋭い眼差しで睨まれ、俺は逃げるように逸らした目を牧野に移した。

「そう、行動パターン。私の大学時代の知り合いにね、心理学者とプロファイラーがいるの。その二人にお願いして、手元にある資料を基に、13名の行動を予測してもらったってわけ。
ちなみに、さっきの杉崎さんは、婚約が世間に発表された以上、本気で司を自分のものに出来るって思ってたわけじゃないと思う。彼女の狙いの本命は私。司の婚約者が私だと睨んで、私を傷つけて泣かせて、司との関係にひびを入れたたかったんじゃないかな。司を手に入れられなかった腹いせにね。まぁ、嫌がらせってとこでしょ」

心理学者にプロファイラー。最高峰の大学を出ている牧野なら、仲良しこよしの友達関係ではないにせよ、知能指数が高く頼りになる知人くらいはいるのだろう。その人脈を使って、過去の女たちを警戒してたわけか。

そう考えると、杉崎って女も不運だ。喧嘩を吹っ掛ける相手が悪すぎた。
普通の女なら、あそこまで言われれば涙の一つも零しただろうし、自信喪失で立ち直れなくなったとしても不思議じゃない。
だが残念なことに、牧野は普通の女じゃなかった。
滅多打ちにされたのは杉崎の方。自信満々に息巻いていた分、返り討ちにあった時のダメージは計り知れないだろう。⋯⋯勿論、同情はしないが。

「そこまでしていたとは⋯⋯」

ポツリ呟いた司が悄然と項垂れる。
項垂れても尚、牧野は司に容赦ない。

「ファイルナンバー1から13までの詳細は、私の頭に完璧にインプットされてるから、何なら詳しく教えましょうか?」

自分の頭を人差し指で小突きながら、司に訊ねる牧野。
明るい声を出している牧野を見ながら、ふと思う。
もしやこれは、ここまでの一連の流れを含め、司に対するお仕置きなんじゃなかろうか、と。

「い、いや、いい。な、何も言わないでくれ、つくし」

「あら、そう? これも職業病なのかしら。資料は完璧に仕上げないと落ち着かなくて。気になることは徹底的に調べる。そして頭にしっかり叩き込む。だから、いつでもスラスラ説明してあげられるわよ? 司が知らないことまで答えてあげられるから、遠慮しなくてもいいのに」

⋯⋯牧野。司は遠慮してるわけじゃないと、お兄さんは思うぞ。

青ざめたままの司は、右に左にと首をぶんぶん大振りしている。
そりゃそうだろう。これ以上、愛する女から自分の女性遍歴を事細かに語られるなんて、どんな地獄だよ。
それなのに、尚もグイグイと対面に座る司に身を乗り出し迫る牧野は、司の精神を甚振ることで懲らしめているとしか思えない。
女に対峙した時と同じく、怒りを顕にするより効果があると踏んだんじゃないだろうか。

「ところで先輩?」

そう声を掛けたのは、桜子だ。

「なーに?」
「先輩がさっき言っていた青田さんって、一体誰なんです?」
「ああ、それね」

そうだった。すっかり忘れてた、謎の青田さんは何者だ!?

「一か八かで言ってみたんだけど、当たってたみたいで良かった~。
青田さんって言うのはね、杉崎さんの恋人。嫌な言い方だけど、キープしてるっていうかね。つまり、おそらくは天秤にかけてたのね。司と青田さんを。上手くいけば司に乗り換えるつもりだったんじゃないかな」

「それで、恋人の名前を出して牽制したってわけか。あの女を全く知らないって言ってた牧野が、まさか青田って恋人の情報を握ってるとは思わねぇわな。そりゃ、ビビるわ」

納得したように総二郎が言い、牧野も頷いた。

「杉崎さんってモテるけど、結婚相手としては、どうも男性からは敬遠されてたみたいでね。その中で唯一、彼女と結婚を望んでいたのが、資産家の青田さんらしいの。私も、NYにいる時に噂で訊いただけなんだけどね。
でもその噂が本当なら、司との結婚が望めない以上、青田さんを簡単に切るなんて有り得ない。だから今現在も付き合っているかは分からなかったけど、賭けで言ってみたの。どうやら読みは当たってたらしいわ」

なるほど。良く分かった。青田さんが不憫な男だってことが。

「ただ、読めない人もいる」

まだ続くのかと、全員が牧野の話に耳を傾ける。

「13人中、どうしても一人だけ行動パターンが読めない人がいたの。でも、それも漸く今日分かった。今夜のパーティーに、その人も参加してたから」

「え!? 他にも女がいたの? それでそれで? 勿論、つくしはその女を排除してやったんでしょ?」

食いつき気味に訊いた滋に、牧野は静かに首を横に振った。

「何もしなかった。する必要ないと思ったから。何故だか分かる?⋯⋯司」

「え⋯⋯あ、い、いや」

パニックに陥っている司の思考回路は寸断間近で、急に話を振られたところでしどろもどろ。まともな返事など出来ようはずもない。
けれど、俺が気になったのは、動揺しまくりの司じゃない。さっきまでとは異なり、重々しい表情となった牧野の方。
その顔が哀しそうに見えるのは、きっと気のせいなんかじゃないはずだ。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
  • Posted by 葉月
  •  2

手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 5.



「もう喉カラカラ!」

たった今。女同士による苛烈な戦いに幕を閉じたばかりの牧野は、その余韻すら見せず、テーブルに並んだカクテルの一つを手に取り、喉を潤している。
その横顔は、品が漂い美しく、愛憎が生み出した修羅場を演じた女だとは、目撃者でなければ誰も信じまい。

まるで何事もなかったような牧野の態度。
端から見ても分かるほど恐怖に凍りついている司は、言葉も見つからないのか、牧野を目で追うのみ。
気持ちは、よーく分かる。我が身のことじゃない俺ですら怖かったんだ。今もまだ心臓がバクバクと煩いくらいだ。
遊び相手だった女を婚約者自らが成敗するというわざわいなど、はっきり言ってホラーでしかない。慌てふためき狼狽えるのが普通だ。叶うものなら、今すぐにでも気絶して現実逃避したいとこだろう。

だが、ここには普通じゃない男がいた。その名を類と言う。

「ぷっ、くくく! 牧野、最高!」

身体を折り曲げ、腹を抱えて笑う類を見る。

⋯⋯おまえの心臓は、鋼か。

俺たちは今しがた、牧野が持つ恐ろしさの一面を見せられたばかりだ。
あれを見て『最高』だとのたまい喜ぶおまえは、もしかしてマゾなのか!?
疑問を並べる俺のすぐ傍では、類の無神経が伝播したのか、滋と桜子までが手を叩いてはしゃぎだし、牧野を「カッコいい!」と褒めそやす。

おまえら、少しは司も気にかけてやれ。
身から出た錆とはいえ、最低最悪の状況に突如と置かれ、身の毛もよだつ経験をしたばかりなんだぞ。

そんな司を気にも留めない筆頭が牧野なわけで、無神経三人組を相手にコロコロと笑っている。
どうもそれが、俺には解せない。
敵が去った今。怒りを司にぶつけても良いはずだ。寧ろ、その方が自然にも思える。
なのに陽気に笑い怒らない牧野の様は、どうしたって不自然だ。

俺は、なけなしの勇気を掻き集められるだけ掻き集め、思い切って口を開いた。

「ま、ま、牧野」

駄目だ。牧野の恐ろしさを目の当たりにしたばかりで、怯んで声が震えてしまう。こんな時、鋼の心臓を持つ類が心底羨ましくなる。

「なに、美作さん。もしかして風邪ひいた? なんか震えてるみたいだけど」

「い、いや、風邪じゃないから心配要らない。そ、それよりだな⋯⋯、あの⋯⋯、そのな?⋯⋯、怒ってないのか? ついさっき、おまえにとっては凄ーく嫌なことがあったように思うんだが」

よし! 訊いてやった、訊いてやったぞ!

「うん。それはね、狙われてるからよ」

勇気を振り絞った質問に、不可解な答えが返ってきた。

「狙われてる?」

「そう。全く、どんな警備になってるんだが⋯⋯。ほら、あそこ見て。あの柱に一人。向こうのテーブルにも一人。あの人達、週刊誌の記者よ。20分前から狙われてる。だから、泣いて怒鳴り散らすわけにはいかないでしょ? スクープネタ提供するわけにはいかないじゃない。道明寺HDにとっても、美作商事にとっても」

そう説明する牧野はやはり笑顔のままで、しかし、不自然に思えたその真意は理解した。
20分前といえば、あの女と牧野が鉢合わせしたタイミング辺りか。
だから今も怒るわけにはいかない牧野は、女にも笑顔で応戦したってわけか。なるほどな⋯⋯⋯⋯って、やっぱ普通に怖ぇわ!
それにしても、

「よくあいつらが記者だって分かったな」

「前にも司と撮られたことあるでしょ? あの二人は、その時に私たちの周りをウロウロしてたからね。婚約した今、色々と気をつけないと」

納得し、また、安堵もする。
『婚約した今』と気に掛けた牧野は、あんな修羅場があったにも拘わらず、少なくとも婚約破棄するつもりはないようだ。
ひとまず良かったな、と氷結し固まる司を見れば、鉛のように重くなっていると思われる口が動いた。

「つく、つ、つくつく、つ、つくし」

上には上がいた。やっとの思いで振り絞ったであろう声は、俺以上に震えている。
人のことは言えんが、それにしても情けないまでに震えすぎだろ。
蝉の鳴き真似でもしてんのかって、思わず吹き出しそうになったぞ!
だが、牧野が発した言葉で、吹き出す寸前だった笑みは速攻で引っ込んだ。

「話なら、家に帰ってからゆっくり訊くわ」

司に微笑みかけ、そして、司に近づき耳元近くに顔を寄せた牧野は、

「逃げんじゃないわよ」

どこから出してんのか、恐ろしく低い声で言った。
一瞬、笑みを消し、近距離から鋭い眼差しを司にくれると、これまた一瞬にして笑顔を取り戻した牧野は、NY時代の仕事関係者を会場に見つけたらしく、「ちょっと行ってくるね」と、知り合いの元へと行ってしまった。


「⋯⋯こ、怖ぇ」

牧野がいなくなって呟いたのは、俺と同じ感性を持つ総二郎で、俺は激しく頷いて同意する。

「寧ろ、怒りまくってくれた方が、まだマシだよな」

俺が返せば、今度は総二郎が二度三度と首を縦に振った。
俺たちの会話など届くはずもない司は、牧野の背中を見送ったまま再び氷結して固まり、そんな司を、類がちょんちょんと指で突っついている。

「大丈夫? 司。もしかして牧野にビビってる?」

大丈夫なわけがない。ビビらないはずないだろう。
それでも、永遠のライバルである類に反応し半解凍された司は、

「お、おおお俺が、な、なんなんでビビるんだよ」

再起動して強がってはみせたものの、台詞と声音が一致せず、目は泳ぎまくりだ。
それを見た類が、またもや腹を抱えて笑い出す。

「る、類っ! いつまでも笑ってんじゃねぇ! よ、よし、そうだ! この後、おまえら全員家に招待してやる。あ、あれだ、家で飲み直そうぜ! 総二郎、おまえの女も呼べ! おまえら全員、家に来い! 二次会だ!」

「げっ!」
「げっ!」

上から目線の誘いに、二つ重なる俺と総二郎の引き攣り声。

「おいおい、まだ俺たちをおまえらの喧嘩に巻き込むつもりかよ。ごめんだっつの」

そうだそうだ。総二郎もっと言ってやれ。
俺だって沢山だ。今夜は、ベタ甘トークで胸焼けし、修羅場で肝を冷やし、忘れてるかもしれないが、ぴょんぴょんまでしたんだぞ!
心身ともに疲労困憊だ! 残ってる体力も気力もない!

「うっせぇーっ! 俺が誘ってやってんだ。文句言わず有り難がって来りゃいいんだよ!」

⋯⋯どんだけ俺様なんだ。
牧野の前じゃカチコチだったくせして。
そこへ「ぷっ」と盛大に吹き出した類が、頭を傾けながら司の顔を覗きこんだ。

「司、家に帰るの怖いんだ。怖いなら俺、一緒に行ってあげてもいいよ」

クククク、と言い終えた傍から、また類の笑いは止まらない。
司の強引さにもムカつくが、類のその怖いもの知らずも何とかしてくれ。笑うのを今すぐやめろ!
司を見てみろよ。おまえが怒らせたせいで完全解凍したは良いが、熱しすぎて青筋浮かべてんじゃねぇかよ。
これ以上、無駄に司を煽るな! 怒った司から八つ当たりされるのは、俺だと相場は決まってる。
だから、頼む。そろそろ大人しくしてくれって、マジで!

だが、必死な願いも虚しく止まりそうにない抱腹絶倒。
案の定、再び司が喚き散らした。

「てめぇ、ふざけんじゃねぇーっ! いい加減笑うの止めろっ! おまえらもいいな! 俺んちに来るのは命令だ! 拒否してみろよ。参加しねぇ奴には制裁があると思えっ!」

分かったな! と最後に付け足すと同時、司は俺の背中をバシッと叩いた。

⋯⋯ほらな。やっぱりだ。

何で俺だけ叩かれるんだよ。それも一切の手加減なしに。
周囲には、「行く行く~!」と、司の誘いに喜ぶ騒がしい女二人と、飽きもせずに笑い転げる腹黒王子。
叩かれたせいで咳き込む俺は、こっそり逃げ出そうとする総二郎の服の裾を素早く掴むと、咳で涙目になる俺を気遣いもしない薄情な友人達に、恨めしげな視線を送った。




結局、ダチに制裁を加えることも厭わない、最大権力を持つ司に屈した俺は今、司と牧野の家に来ている。
逃走を図ろうとした総二郎も勿論、道ずれだ。
渋々ながらも諦めた総二郎は、彼女である優紀ちゃんを途中で拾い、道すがら事情を説明して、こうして全員が顔を揃えている。

「さぁー、二次会ってことで、パァーっとやろうよ! ね、つくし!」

皆が腰を下ろしてから程なくして口火を切ったのは滋だが、少しは察しろ。
あんな修羅場があったんだぞ? 盛り上がれるかよ。 
なのに、俺の予想とは裏腹に、

「だよねぇ、もうジャンジャン飲んじゃって!」

何故か滋に乗っかる牧野。
てっきり俺は、怒りを露わに司に詰め寄るだろうと思っていただけに、まるで違う牧野の様子に首を捻った。
ここには記者の目はない。取り繕う必要はないはずだ。
司に逃げるなとまで言ったのは牧野なのに、これはどういうことだろうか。
見れば司も、この状況をどう受け止めれば良いのやら分からないようで、戦々恐々と牧野の様子を窺っている。
そんな司に絡みに行くのは、この男しかいない。

「ねぇねぇ、司。やけに大人しくない? 具合でも悪いの? それとも、牧野を傷つけちゃって胸が痛むとか? あー、そっか。牧野が恐いんだっけ」

訊ねる顔は、牧野がよく言うところの『天使の微笑み』ってやつだ。
だがな、本当に天使ならば、司が胸を痛めていると知りつつ、こんな風に傷口に手をぐりぐりと突っ込んで塩を塗りたくったりなんかしない。

俺は常々思っていた。これは天使の微笑みなんかじゃない。悪魔だ。悪魔の微笑だ。
悪魔は牧野に成り代わり、俺様に罰を与えてるつもりなのか。それとも純粋に楽しんでいるだけなのか⋯⋯。
いずれにしても、そろそろ止めろ。反論もせずに口を噤んでいる司に、ツンツンするのはよせ。
喋れないほど、過去の後悔と今の恐怖で打ち震えているに違いないんだ。もう勘弁してやれ。

「まあまあ、折角ですし飲みましょうよ。ね、道明寺さん」

見かねたのか、執り成しに傍に来たのは桜子だ。
こっちも若干、呪いをかけそうなほどには悪魔がかっているが、基本は気遣いの出来る女だ。空気の読みも上手い。
そんな桜子の気遣いを知ってか知らずか、反応しない司に飽きたのかもしれない類は、興味の対象を牧野に変えた。

「ねぇ、牧野。さっきの女のこと、詳しく知ってるみたいだったね。調べたの? あの女だけじゃなく、もしかして他の女のことも知ってるとか?」

おいおいおいおい。直球でそこ突っ込むのかよっ!
訊いてるこっちが冷や汗かくわ!
固まっていたはずの司だって、顔が引き攣り出したじゃねぇか。肩だって、めちゃ大袈裟に跳ねたぞ?

⋯⋯とか心で言いつつ、罪深くも人は好奇心に抗えないものだ。
皆に違わず、ついつい恐怖と隣り合わせの興味が先立ち、牧野がなんて答えるのかと、怖いもの見たさで耳をそばたててしまう。

全員の視線が注ぎ込まれる中、牧野が軽く息を吸い込む。
そして───

「さっきの女性はね、ファイルナンバー11番よ!」

びしっ、と牧野は勢いよく言った。

「⋯⋯??」
「⋯⋯??」
「⋯⋯??」
「⋯⋯??」
「⋯⋯??」
「⋯⋯??」
「⋯⋯??」

訪れた静寂。
キョトンとする者もいれば、首を捻る者、口をあんぐりする者もいる。
前のめりで牧野に耳を傾けていた俺たちは、主旨がつかめず揃いも揃ってアホ面だ。

ファイルナンバー⋯⋯!? 何だそれ。

意味不明な説明でドヤ顔されても理解に苦しむ。
仕事では理路整然と話すお前は何処に消えた。

頼むから牧野、日本語は正しく丁寧に順序よく、相手に伝わるように喋ってくれ!

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
  • Posted by 葉月
  •  4

手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 4.



「道明寺さんの趣味が変わった? 女性の好みについて言ってらっしゃるのかしら?」

首を傾げた牧野は、笑みを保ったままで女に訊く。

「えぇ、そうよ。事実、司さんはこの身体に溺れてましたもの」

⋯⋯溺れてたのか。
司を除いた仲間全員が、心に同じ呟きを落としたに違いない。
顔を引き攣らせる司にダチ達が白い目を向ける中、自信ありげに女は続けた。

「これでお分かりでしょ? 司さんの好みの女性というものが。
だから私、心配しておりましたのよ? 何も分かっていない牧野さんが、司さんの単なる気まぐれとも知らず本気にでもなったりしたら、それはあまりにもあなたが不憫ですもの。ですから、ご忠告をして差し上げようと思っておりましたの」

勝ち誇ったような目つきで牧野を見下す女は、笑みを深くする。
だが、同様に牧野も笑みを消さない。どころか、「ふふふ」と、それは可笑しそうに声を立てて笑う。

どうして声なんか出して笑っちゃってるんだ、こいつは。
牧野が可笑しく思う場面など、どう考えたって今のこの時には存在しないんだが⋯⋯。
場違いな笑い声は、妙に浮き立っている。

遂に牧野は壊れたんじゃなかろうか、と若干の心配を覚えたとき、「それはお気遣いありがとうございます」と、ひとしきり笑った牧野が、明るい声で話し始めた。

「でも、ご心配頂かなくても大丈夫ですよ。ちゃんと分かってますから。
あなたが仰るとおり、道明寺さんは、あなたみたいなグラマーな人が好みみたいね」

ほぉー、そうなのか、司? と、ダチ達の眼差しが一斉に問うものへと変わる。
司はといえば、青ざめた顔を震えるように小刻みに揺らし、「ち、違っ、ご、誤解だ」動揺しまくりで牧野に向かって言い訳をする。
そんな司をチラリと見遣っただけで放置した牧野は、「但し、」と注釈をつけて再び女に向き直った。

「それって、遊び相手を選ぶ時の基準にしてるだけみたいですよ? 遊び相手はグラマー、みたいな」

「あ、遊びですって!?」

勝ち誇った笑みから一変。女から余裕が消えた。
一方、牧野はまだまだ笑う。⋯⋯な、何故だ。

「ふふふ。そうです、そうです。本来女性に興味がない人だから、出るとこ出てないと、女性だって認識できなかったんじゃないのかしら」

女の顔が怒りで醜く歪むが、それを目の当たりにしても、牧野はお構いなしだ。

「折角、ご自慢の『それ・・』しか持ち合わせていないのに、身体が最大の武器だと思い込んでフル活用した結果が遊びだなんて、女性たちも浮かばれませんよねぇ。
しかもね、遊ばれたことに全く気づいていない女性も多いみたいで。何故だか皆さん、揃いも揃ってプライドだけは一級品だから、それが邪魔して遊びだってことにも気づかないのかも。可哀想よねぇ。あ、でも気づかない方が幸せなのかしら。あはははは!」

遂には高笑いする牧野。涙まで滲せ目尻を拭っている。

⋯⋯わ、笑いすぎだろうが!

しかも『それ』を強調したばかりか、遊び遊びって、どんだけ連呼したんだ。相手を逆撫でするだけだぞ。

「わ、私が遊ばれたとでも!」

ほら、見ろ。言わんこっちゃない。
幸いにもパーティーのざわめきに掻き消され、他の人間に気づかれちゃいないが、女の声のボリュームがヒステリックに上がった。

「あら、まさか! 杉田⋯⋯さん? いや違う、杉山さん? だったかしら。うーん⋯⋯あ、そうだ。杉崎さんだった!」

おい、牧野よ。
口元に人差し指を立てて、首を捻って考えるフリをするのはよせ。
社内の人間だろうが、社外の人間だろうが、一度挨拶をした者を絶対に忘れない頭脳を持つ、そのおまえがだ。目の前の女の名前を忘れるはずないだろうが。
どう考えてもこの行為はおちょくりで、相手の怒りの炎にガソリンを大量投入しているとしか思えん!

兄のつもりであり上司でもある俺のハラハラとした心模様など知る由もない牧野は、どこまでも明るく弾んだ声で語る。

「杉崎さんは、とても頭が良さそうだもの。そんな人が遊ばれていたことに気づかないはずがないわ! 道明寺さんとは、きっと本気のお付き合いだったんでしょうね!」

「当たり前でしょ!」

「なら、道明寺さんとは朝までずっーと過ごすこともあったのかしら? あなたの身体に溺れてる・・・・って言うくらいなら」

「っ、そ、それは⋯⋯」

しどろもどろってことは⋯⋯。そうか、お泊まりはなしか。

「あれー、その様子だと、やっぱりなかったか。朝まで一緒は! 
こちらの統計によるとですね〜、道明寺さんが女性と一緒に過ごす時間は、アベレージ45分となってるんですよねぇ~」

「え?」

この戸惑いの声は俺だけのものじゃない。牧野の話を受けたここにいる全員の声が、見事なまでにハモった7重奏だ。
それもそうだろう。とんでもないことを言い出したんだぞ?
聞き捨てならない、いや、訊いてはならないような台詞を⋯⋯。

歌でも口ずさむかのような調子で、衝撃の事実を齎した牧野は今、『統計』と言わなかったか?

⋯⋯一体なんなんだ、それは。

誰しもが思い浮かべる疑問を余所に、牧野の一人語りが続く。

「道明寺さんって、本命の方とは片時も離れたくないらしいけど、その場限りの方とは、用が済んだらさっさと彼が出て行くか、女性を無理やり追い出してしまうんですって。酷い男よねぇ。最短で20分弱で部屋から出された女性もいるわよ?」

「早漏か⋯⋯痛っ!」

無意識に呟いてしまった俺の太股に、顔を真っ赤に染めた司からの蹴りが直撃する。
しかし、俺に対しての司の怒りは持続しない。それより何より、つらつらと語る牧野への戦慄の方が上回っているんだろう。
杉崎とか言う女も愕然としている。
女を黙らせたことは良しとしよう。だが、何故にここまでの詳細を牧野が知っているのか、この場にいる全員が、その驚愕を前に言葉を失して黙している。
俺に一蹴り入れた後の司に至っては、卒倒するんじゃないかと思えるほど硬直し、赤みは消え失せ顔色を無くしていた。
この張り詰めた状況に漸く牧野は気づいたのか、

「あらやだ私ったら。余計なこと言っちゃったかしら。さっき飲んだアルコールが今頃効いてきたみたい。少し口が軽くなりすぎたようだわ」

絶対に酔っていないだろう滑らかすぎる口調で沈黙を破り、そして「あはははは!」と、また一人可笑しそうに笑う。────笑うな、怖いから。

この掴み所がない今の牧野に、掛ける言葉など持っていようはずがない。
だが、バカな奴はいるものだ。愕然の境地から抜け出して激昂に目を剝いた女が、狂犬ばりに牧野に噛みついた。

「あなたっ! 馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ! だいたい、何でそんなことまであなたが知ってるのよ! もしかしてあなた、NYに居るときから、司さんのことを追いかけ回していたんじゃなくて? まるでストーカーね。見苦しい行為だわ。恥を知りなさい!」

「まさか。私、そこまで暇じゃなかったわよ。それに私、彼のこと大嫌いだったし!」

⋯⋯えーっと、牧野。今は誰よりも大切な男で間違いないんだよな? 

俺は本気で牧野に確認したくなった。
何せ、情事の平均時間まで暴かれた上に、こんな言われようだ。
あまりにも司が哀れすぎて、もはや司の顔を見れんぞ、俺は!

「だったら一体なんなのよ! 私を馬鹿にしてるとしか思えないわ! 私が遊ばれたって言うのなら、私だって黙ってないわ! それなりのものを請求させて頂きますから」

「それなりのもの、ね。それは、手切れ金とか、慰謝料とか。それとも彼との関係を他人に漏らさないための、口止め料の要求かしら? いずれにしても無理だと思うけど、ま、私には関係ないし、請求するならあちらへどうぞ〜」

牧野は、上へと向けた手のひらを、司へと向かってスライドさせた。

「司さん! 私、こんな侮辱は初めてですわ! こうなったらきっちり請求すべきものは請求させて頂きますから、そのおつもり───」

「あーっ、そうだ! 言うの忘れてたわ」

突然、声を張り上げ割り込んだ牧野。
なんだなんだ。今度は何を言うつもりだ。と、皆のあからさまな興味が牧野に向く。
けれど、それは肩すかしを食らった。

「そう言えば、青田さんはお元気?」

⋯⋯誰だ、それ。

脈絡なく牧野の口から語られる、誰だかは知らない謎の『青田さん』の登場に、皆の頭にはクエスチョンが幾つも立ち並んでいるに違いなかった。
俺だってそうだ。何がなんだか、ちんぷんかんぷんだ。
しかし、その人物を明らかにしないまま、

「杉崎さん、もうお話しはこれぐらいで宜しいかしら? それとも私に⋯⋯まだ何か?」

声音が変質し、突如、笑みを消し去った牧野に、俺の背筋は自然とピーンと伸び、総毛立つ。

────ポーカーフェイス牧野、ここに降臨。

鋭く、冷たく、細められた氷のような双眸が女を貫く。

「お帰りはあちらよ」

訊く者を凍傷させるほどの冷たい温度の声に、俺はぶるっと身を震わせた。
言われた女も怯え、反論の言葉も血の気も失い、とうとう何も言わず、逃げるようにこの場から去って行く。
その後ろ姿が小さくなり、やがて見えなくなると、

「あー、喉渇いた」

お気楽な調子で牧野が笑う。一瞬だけ降臨した姿は、もうどこにもない。

今の俺が分かるのは、あの女に対して、或いは司に対しても、牧野は笑顔の下で相当に怒っていたらしいってことと。あの女から声を奪うほどの何かを、牧野がしたってことだけだ。

⋯⋯俺は言いたい。
怒るなら、笑って怒るな。ポーカーフェイスも勘弁だ。
お陰で、見てはならざる幽霊を見てしまった心境だ。
つまり───凄ぇ、怖いっ!
頼むから怒るなら普通に怒ってくれ! 
関係のない俺までビビらすなっ!
しかも、全てが終わった今、まだまだ笑うおまえが余計に怖いっ!

まるで心霊スポットで迷子にでもなったかのように、俺の心臓は激しく脈打ち、なかなか収まりそうになかった。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
  • Posted by 葉月
  •  8

手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 3.



色気を無闇矢鱈に振りまき司へと近づいてきた女。
直ぐさま敵認定したと思われる滋と桜子は既に警戒態勢で、女を睨めつけ威嚇している。
しかし、女は涼やかな一瞥をくれただけでさらりと流し、司の右腕にそっと手を添えた。

「私、ずっと連絡をお待ちしておりましたのよ?」

司を見上げて女が艶やかに笑う。目尻にある黒子が、余計に濃艶を醸し出している。
そんな女を見下ろす司は、初めこそ「誰だ?」と理解していないようだったが、やがて心当たりに行き着いたのだろう。NYで関係を持った女だ、と。僅かな表情の変化から、それは読み取れた。

「失礼。生憎と私の記憶には残っておりませんが、どちら様でしたか?」

女の手を払いながら、口調は努めて紳士らしく振る舞うが、司の顔は、触れれば鳥肌が立つだろうほどの冷たさだ。
しかし、女に怯む様子はない。

「良いんですのよ、無理なさらなくても。全部分かっておりますわ。あなたほどの素敵な男性を世の女性達が放っておく訳はありませんもの。ですから私は、司さんの遊びは寛大な心で受け止めるつもりがありましてよ? あなたが最後に戻ってくるのは、私のところ。間違った婚約は、早く破棄なさって下さいね」

⋯⋯何なんだ、この自信に溢れた勘違い女は。思考が斜め上過ぎる。
自信もここまで来ると質が悪く、薄気味悪いったらありゃしない。司の趣味を心の底から疑いたくなる。

っていうか、早いとここの厄介な女を排除しないと、そろそろ牧野が戻ってくる頃合だ。
流石にこの状況は不味い。
得体の知れない女が牧野と対峙すれば、この調子の女なんだ。牧野に何を言い出すか分かったもんじゃない。
場所だって悪すぎる。此処はパーティー会場だ。幾ら片隅にいるとはいえ、騒ぎ立てれば人目だって引きかねない。
とにかく、この女を即刻排除しろ! と念じたところで、司の切れ味が増した冷淡な声が静かに響いた。

「仰っていることが全く分かりませんね。貴女と話すことなど、私には何一つないんで」

人を脅かすには充分な声は、しかし、女の一段と深まった笑みに無効化された。

「そんな嘘を仰らないで?」

⋯⋯手強い。手強すぎるぞ、この女!
司と同類なのか、日本語が全く通じねぇ!

「司さん、あの素敵な夜に私が言ったこと覚えてらっしゃるかしら? 暫くは遊んでも宜しいけれど、必ず私のところへ戻っていらしてね、と申し上げましたでしょ? 司さんも、分かったと仰って下さったわ」

⋯⋯言ったのか、そんなこと。

白けた横目で司を窺う。だがその顔は、まるで覚えていないと語っていた。
どうせ、面倒で適当に相槌でも打ったんだろうが、この手の女に言質なんてくれてやるな!と今直ぐにでも説教してやりたい気分だ。
こんな女に言いたい放題にされて、見てみろ。滋や桜子の目つきも更に細まり、お嬢である二人の人相が、嫁の貰い手がなくなるほどガラ悪いもんになってんじゃねぇかよ!

しかも、桜子の視線は矛先が変わっている。女から、司へと⋯⋯。
牧野大好きっ子娘、桜子のことだ。不甲斐ない司に怒りが湧いてきたのだろう。
目を凝らせば、その唇は微かに動いていて、もしかすると声なき声で司を罵っているのかもしれない。いや、司を呪っているのだろうか。

桜子の視線の圧と呪いも合わさって、辺りに一段と緊張が走る。
司からは怒りのオーラが放たれ、肌がピリピリと刺激を受けそうな殺気だ。
得たいの知れない女の言動に遂には我慢も限界か。久々に司の額に青筋が出現した。

「てめぇ 大人しくしてりゃ調子に乗りやがって。ふざけたことぬかし────っ!」

地を這う司の声が空気を震わし、しかし、全部を言わずしてふと止まる。
額にあった青筋は瞬く間に消え、代わりに、一点を見つめる司の顔色が青ざめた。

⋯⋯嫌な予感しかしないんだが。

表情が硬直した司の視線を恐る恐ると追って振り返れば、予感は的中。戻って来た牧野がすぐ傍の距離にいることを知る。

⋯⋯や、やべぇ。
もう戻って来ちゃったのかよぉ! と嘆きたくなるが、まずは素早く行動だ。
それは俺だけではなく、司を除く仲間が慌てて一斉に動き出し、女の視界から守るよう、皆で輪になり牧野を取り囲む。
こういう時の俺たちの連携は、言葉はなくとも息がぴったりだ。
このまま牧野を誘導し、別の場所に避難させようと目顔で皆と確認し合う。

が、それぞれが頷き、動きかけた時だった。俺たちの努力も虚しく、女が笑みを浮かべながらこっちに一歩近づく。

「そちらにいらっしゃるのは、牧野さんではなくて?」

この女、牧野の存在を知ってるのか!

いよいよ焦りが本格化する中、司の鋭い声が女を突き刺し、食い止めにかかる。

「てめぇには関係ねぇだろうが! 目障りだ。無残な姿になりたくなきゃ、とっとと失せろ!」
「私は、彼女とお話しがしたいだけですわ」

どこまでも図太い女は、司の恫喝にも屈しない。
俺たちは、ますます警戒心を強め、密になって牧野を隠す。────けれど、それは無意味となった。
俺の肩越しから背伸びをした牧野が、ひょっこり顔を出したせいで。

「いいよ。私、その人と話しても」

緊張が走るこの場には相応しくない、牧野の暢気な声。
「え?」と驚きに牧野の顔を見る俺たちに構わず、牧野はピョンと跳ねるように輪から抜け出し、軽やかな足取りで女の前に立ってしまう。

ど、どうすんだよ、司っ!
間違いなく修羅場だろうが!

心配性の俺の心臓がバクバクと煩いが、周囲に漏れ聞こえる前に女が話を切り出した。

「牧野つくしさん、ですわよね?」
「えぇ。美作商事の副社長秘書をしております、牧野です。初めまして」

にこやかに牧野が返す。

⋯⋯おかしい。牧野がおかしい。

挨拶回りですら、うっすらとした笑みを口元に乗せるだけだった牧野が、何故か今は朗らかに笑っている。

愛想を振りまいている場合か!
ピリピリとしたこの状況に不自然さを感じねぇのかよ!
この女はな⋯⋯、その、司のアレなんだぞ?
おまえ、鈍感女は卒業したはずじゃなかったのかっ!

牧野に必死の視線を送り訴えるが、全く届いていないのか、ニコニコと牧野の笑顔は崩れない。
俺を含めた皆の心配を余所に、会話はどんどんと進んでいく。

「司さんと随分と仲良さそうでしたから、私、ずっと牧野さんのことが気になっておりましたの」

「そうだったんですか⋯⋯。ところで、あなたは?」

「あら、ご挨拶が遅れてごめんなさいね。私、杉崎真紀と言います。司さんには、それはそれは可愛がってもらっていましたのよ。
牧野さん。あなたのこともNYにいる頃から存じ上げてますわ。実は私NYで、あなたと同じ会社で働いておりましたの。優秀な女性だと牧野さんは有名でしたから、同じ日本人として嬉しかったのを覚えておりますわ」

「それは光栄です。なのに、ごめんなさいね。私、あなたのこと全く・・知らなくて」

⋯⋯おかしい。牧野がおかしい。

ニコニコ顔は健在なのに、今、『全く』をやけに強調しなかったか?
まるで、おまえなんかに興味はない、と言わんばかりに。
それとも俺の勘違いだろうか。だが、女の眉がピクリと動いたことで俺の勘違いじゃなかったと知る。

もしや牧野は、わざと挑発してるのだろうか?
相変わらず顔は笑ってるけど。

「ところで牧野さん。司さんとは、どのような関係なのかしら」

牧野の意図を探れないまま、女がいよいよ核心に触れる。
果たして、牧野は何と答えるのだろうか。
本当のことを打ち明けたとして、相手は『間違った婚約を破棄しろ』とまで言った傲慢な女だ。間違いなく修羅場になる。
誰しもが固唾を呑み、牧野の答えを待つ。

「高校が一緒で、私は道明寺さんの後輩なんです」

おっと、フィアンセとは言わなかったか、と胸を撫で下ろす。
相手を興奮させても厄介なだけに、無難な答えは正解だ。
さっき挑発をしたようにも見えたことからしても、きっと牧野は何かに勘づいているはず。
ここは冷静になって対処するのがベスト。判断を間違うなよ。おまえなら出来るぞ! と気づけば俺は、牧野にエールを送っていた。

「そうでしたの。先輩後輩の仲でしたのね。私ったら、てっきり司さんの趣味がお変わりになったのかと、心配してしまいましたわ」

女は言いながら、牧野の頭からつま先までを舐めるように見て、胸に視線を戻すと不敵に笑った。

⋯⋯おかしい。牧野がおかしい。

笑っているはずの目の奥が、一瞬キラリと光ったぞ! 
まともに見てしまった俺は、ビビってちっとばかし震えちまったじゃねぇか!

馬鹿にしたように牧野のボディラインをなぞった不躾な視線と、不快を覚える笑み。
それは、絶対に牧野にやってはならない最悪行為だ。

この女、地雷踏みやがった!

司も慌てて、「いい加減にしろ!」と女に怒声を飛ばすが、それは牧野が突き出した、右の手の平一本によって制された。
制した牧野は、未だ笑みを絶やさず、ニコニコニコと、怖いくらいに笑っている。


そして────
笑みを湛えたままの牧野は、ここから反撃を始めるのであった。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
  • Posted by 葉月
  •  2

手を伸ばせば⋯⋯ The 2nd 2.



新たな性格が誕生した、という突飛な誤算はあったが、完全に病気を克服した牧野と彼女を支えた司は、間もなく婚約を発表した。

とは言っても、ビジネスにおいては過ぎるほどの有能さを発揮する牧野ではあるが、普通の一般人だ。
元から派手派手しい騒ぎを好まない牧野に配慮し、また、騒がれて嫌な思いをさせないためにも、司は一人で婚約会見を行い、無事に結婚式を迎えるまで、世間には牧野の名を伏せたままにしてある。

司の考えとしては、世間にまだ公表出来ずとも、せめて牧野を自分の手元に置いて秘書にしたかったようだが、過去にも週刊誌を騒がせたことのある二人。
折角、牧野の名を伏せてあるのに突然司の秘書になんかなったら、牧野がフィアンセなんじゃないかと憶測を呼び、バレる可能性は高い。
と言うわけで結局、牧野は美作商事に残り、今は俺の秘書を務めている。

秘書の経験がない牧野は、結婚するまでは俺のところで学び、結婚後に司の秘書になるのがベストだと考えているし、そこに関しては俺も同意見だ。

が、牧野の近くにいるばかりに、ヤキモチ焼きの猛獣に妬まれることはしばしばだし、惜しみなくバカさ加減を炸裂する二人に巻き込まれるのもしょっちゅうだ。
結果、損な役回りがレギュラー化している俺は、相も変わらず可哀想な立場にいる。

今、俺が出席しているパーティーにおいてもそうだ。
大企業の創立パーティーに俺たちは招待されているわけだが、今の状況を鑑みれば、公の場で司のパートナーを牧野が務めるのは得策ではなく、司は一人で、牧野は俺のパートナーとして出席している。

それを面白くないと思う男が一人。言わずもがな司である。
隙あらば俺たちに近づき、俺に威嚇したかと思えば、次の瞬間には俺の存在など綺麗さっぱり忘れてバカップルトークに突入する。
それに問答無用で付き合わされる俺の身にもなって欲しい。

今も、バルコニーで一息吐いていた俺たちを目敏く見つけた司は、今夜何度目かの合流を果たし、牧野といちゃついている最中だ。
腕組みした俺は、そんなバカップルを、つま先をコツコツ鳴らして、イライラと眺め見ている。

「つくし、今日のおまえも本当に可愛いなぁ。ポケットにでも入れて持ち歩きてぇよ」

ふん! 
どんなに折り畳んで押し込んでも、精々入れられるのはキャリーバッグぐらいのもんだろうが。
何なら、キャリーバッグに詰め込んで、コロコロ引きずりながら挨拶回りするか?

「くそっ、何であきらとなんか」

俺が何だ。文句あるなら直接言え。俺は、おまえの並びにいるぞ。どうやら忘れているようだがな。

「私も入れるもんなら入りたいなぁ。出来れば司の胸ポケットに」

あー、煙草が吸いてぇー。
一本と言わず、十本束にして煙草が吸いてぇー。
背中がむずむずしてやってらんねぇ。

気が落ち着かない俺は、苛立ちを逃すように地面を叩くつま先に、これでもかと力をいれた。

「つくし、あんまキョトキョトすんなよ。可愛いから気が気じゃねぇよ」

「大丈夫。司ほど素敵な人はいないもん」

⋯⋯アホらしい。
語尾にハートがつきそうなバカバカしい会話、いつまでも訊いてられるか!
なーにが、自分の女捕まえて可愛いだ!
確かに牧野は綺麗になったさ。他の男共から視線は向けられっぱなしだし、親父連中からは、是非息子の嫁にと誘いもわんさかだ。
俺や総二郎だって、ダチじゃなければ間違いなく声を掛けてしまうくらいのレベルだ。
だがな! 牧野だってもう29だぞ?
可愛いって言われて喜ぶ歳じゃないだろうがっ!
それなのに司の奴、牧野の頭を撫でながら、目尻をこれでもか!ってほど下げたしまりのない顔しやがって。
何の罰ゲームだよ。見てるこっちが赤面もんだわ!

「美作さん、どうしたの? 顔赤いよ? お酒飲み過ぎちゃった?」

忌々しげな目を向ける俺を、牧野がチラリと見る。

「ほぅ。俺の存在を覚えてたとは感心だな牧野。俺は酒も大して飲んでないし酔ってもいない。おまえらの幼稚なトークに恥ずかしくなっただけだ」

「何だよ、あきら。俺たちの幸せそうな顔見て羨ましくなったんじゃねぇのか? まぁ、つくしほどの良い女はいねぇだろうが、おまえの世話好きが良いって言う物好きもいんだろ。あきらも希望は捨てずに頑張れよ」

誰が世話好きだっ!
好き好んで世話を焼いてるわけじゃない。おまえらみたいな非常識人が周りにいるせいで、まともな俺が動く羽目になってるだけだ。

「そうだよ、美作さん。私、美作さんには凄く感謝してるの。NYで再会したあの時、私を日本に呼び戻してくれなかったら司とも会えなかったかもしれないし、今の幸せはなかったかもしれない。
だからね、恩人である美作さんにも、絶対に幸せになって欲しいの。折角、良い男なんだし⋯⋯⋯⋯司には負けるけど」

おい。最後の台詞、気に入らねぇぞ。
それにな、まともなこと言ってるようで、なんで目線は司一筋なんだよ。
しかも、その眼差しは何だ。うっとりさんか。俺に話しかけておきながら、瞳をうるうるさせて司を見てんじゃねぇよ。
言葉と態度が噛み合ってないせいで、おまえからの感謝も半減だ!
何が『司には負けるけど』だ。
こっちこそ、司みたいに成り下がるなんてごめんだ。
負けると言われても、ちっとも悔しくなんか……悔しくなんか…………く、悔しく…………

「美作さん、そんなに俯いちゃってどうしたの? なんかどんよりしてるみたい」

⋯⋯見てたのか。
見なくても良いときに限って見ないでくれ。

俺は気持ちを切り替えるための咳払いをして、顎を突き出し顔をズンと持ち上げた。
いつまでもこうしているわけにはいかない。

「おい、二人ともそろそろ良いか。挨拶回り、まだ終わってないんだよ」

「あぁ、そうだな。俺ももう行かねぇと。つくし、また後でな」

「うん。司もキョトキョトしないでね」

「するかよ」

やっと胸焼けトークから解放される。────と思ったら甘かった。
別れを惜しむように顔を近づける二人。

⋯⋯何故だ。
何故、二人の関係を内密にしているはずのおまえらは、こんな所でキスをしようとする!?
周りに隠す気あんのか、こらっ!

「おまえら、いい加減にしろっ」

周囲に気づかれない音量で叱責するが、そんなもん気にする二人じゃないことも分かっている俺は、すかさずストレッチをしている態をとる。
周囲の目から司達の姿を見えなくするために、両腕を天へと目一杯に伸ばし、己の身体を使って二人を隠す。

「司、もう少し屈め! 牧野も背伸びすんな!」

少しでもそのくるくるを引っ込めろ!
くっそーっ、もう少し背が高かけりゃ、余裕で鳥の巣頭を隠せたかもしれないのに⋯⋯。

F4の中で唯一、180に背が届かない俺は結局、伸びをするだけでは心配で、ぴょんぴょん跳ねながら二人を周囲の目から守った。




何が哀しくてパーティー中にぴょんぴょんしなくちゃなんないんだよ。

かくして会場に戻った俺は、取引先の社長に挨拶をしつつも、既にぐったりだ。
相手に向ける笑顔も、些か引き攣っている気がする。
片や、俺を疲労困憊に貶めた原因の一人である牧野は、先ほどまでとは態度が一変。

「初めまして。美作の第一秘書を務めます、牧野つくしです。どうかお見知りおき下さい」

俺の後に続き挨拶をする牧野は秘書らしく、実に秘書らしく、バカップルの片割れである姿を封印し、出来る女に変じてる。

⋯⋯あっぱれだよ、牧野。

バカトークを炸裂していた姿は何処へやら。
ポーカーフェイスを軸に、口元にうっすらと乗せた笑みは、凜としていて男に隙を与えない完璧なる振る舞いだ。

もう一方の片割れである司にも目を向ければ、あっちはあっちで隠しきれないオーラを放ちながら、切れ味のある眼差しを相手に向け、クールに決めている。目尻が垂れ下がっていた数分前までの顔は、もうどこにもない。

おまえら、揃いも揃って見事だよ。
なんつう二重人格者だ。
いやいや、牧野に限って言えば多重人格者か。この十年ちょっとの間に、どれだけキャラ変してるんだ。

そんな見事な変身で素を覆い隠した二人は、それぞれが周囲からの注目の的だ。

隙がないから近寄れないだけで、牧野は男からの視線を一身に浴びまくりだし、司に至っては、果敢にも馬鹿な女どもが色目を使ってすり寄っている。
司にそんなことしても、所詮時間の無駄。虫けらを見るような目を向けられてるのに、何故女どもは気づかないんだ。
司からすれば、牧野以外の女は害虫に等しい。それを知っている俺からすれば、女どもの媚売りは滑稽でしかない。
司が牧野一筋なのは自明であり、それは牧野自身も良く分かっているはず。⋯⋯なのだが、俺たちは知っている。

理解はしても感情は別物。司に近づく女の存在が、牧野にとって面白いはずがない。
そもそも、こうして女が近寄って来るのも、元を辿れば過去の司の行いが原因であり、昔のように、例え一夜限りでも司をものにしようと思う女は後を立たない。
司が婚約しようが気にも留めないらしい強者達は、揃いも揃って自分に自信がある女ばかりだ。
そいつらが牧野のコンプレックスを刺激している。

かつて牧野を忘れNYにいた頃の司は、手当たり次第に女遊びをしていた。
そんな振る舞いは当時から噂になっていたし、当然、同じNYに住んでいた牧野にも醜聞は伝わり、聞き及んでいたわけだが⋯⋯。そのことが少なからず牧野のコンプレックスにじわりじわりと侵食し、極端に気になる要素へと今更ながらに変化した。

それは、司と関係のあった女性に対するもの。どこぞのご令嬢とか、有名な人気女優だとか、そんな相手の身分や肩書きなどはどうでもいいらしい。
ただひたすらに牧野が気にするのは────バスト、だった。

司が相手にした女性の胸は大きかったか否か。
馬鹿馬鹿しいことに、これが今の牧野にとっての懸念事項らしい。

今もそうであるように、司の周りには自信に満ち溢れた女性ばかりで、司はその中から選びたい放題であったはず。きっとスタイル抜群の女性ばかりを相手にしてきたに違いない、と牧野は言う。

つまるところ、そんな完璧なスタイルを持つ女性ばかりを相手にしてきた司は、自分なんかでは到底満足しないんじゃないか。いずれ、そんな女性たちと関係を結ぶのではないか、と牧野は真剣に悩んでいるわけだ。或いは、司の女性遍歴に対して、イジケているとも言える。

確かに牧野は、残念ながら巨乳にはほど遠い。
しかし、高校生の頃に比べたら、丸みを帯びた体型になっている。
直に見たこともなければ触ったこともないから定かじゃないが、少なくとも洗濯板だった十代の頃よりは成長しているはずだ。
だいたい司は、中身が牧野なら、洗濯板だろうが抉れていようが関係ない。どんな牧野でも間違いなく欲情すると、俺が保証してやってもいい。
だが、当の本人だけは納得せず不安がり、だから司は常日頃から言い聞かせている。

『胸なんか関係ねぇ。俺は大きいのは好きじゃねぇし、そんな女はいなかった⋯⋯⋯⋯はずだ
感情が動かされた女もいなければ、顔だって名前だって覚えてねぇよ。俺にはおまえだけだ。つくし以外の女なんて考えらんねぇ。他の女相手じゃ、勃起不全になる絶対の自信がある!』

牧野の不安を取り除き安心させるために司は、日ごとこんな馬鹿げたことを説いているわけである。

そう言われた牧野も心底納得している訳じゃなさそうだが、取り敢えずは、どんな女が司に近づこうとも、動じることなく表向きは落ち着き払っているように見える。
婚約者に『勃起不全』と声高に言わせてしまう女だとは、誰にも気付かれない程には。

そんな人知れずコンプレックス抱く牧野を連れての挨拶回りも一段落し、少し休憩を取ろうと料理が並ぶ方へと場を移せば、程なくしてそれは耳に入ってきた。

「まーきの! 今日も可愛いね」

これは牧野の相方の台詞じゃない。
司だけでも面倒なのに、俺の周りには『牧野、牧野』と騒ぐバカがもう一人いる。俺には見向きもしない⋯⋯類だ。

幾ら青筋出現率が低くなったからって、牧野に気安く『可愛い』なんて言うな! 司が怒り狂うだろうが!
そう心配はしても、口には出さない俺。言うだけ徒労に終わる。
どうも類は、司が怒るのも含めて楽しんでいるきらいがある。その楽しみを類が止めるはずがない。
一人そう悟る俺の隣では、牧野が嬉しそうに顔を綻ばせた。

「花沢類! いつ来たの? 来るって訊いてたのに姿が見えないから、どうしたのかと思ってた」

「仕事が押しててさ、今、来たところ」

ニコっと笑って類は言うが、来たばっかの足で、牧野の元に一直線とは、どうなんだ、それは。と眉を顰めたくなる。
挨拶は良いのかよ?
ついつい、喉元に小言が迫り上がるが、所詮、暖簾に腕押し、糠に釘。言ったところで無意味だ。

どうせ俺の話なんて、誰も聞きやしない。
どいつもこいつも、クソったれがっ!

酒の入ったグラスに手を伸ばした俺は、小言も愚痴も、酒で無理やり流し込んだ。


疲労も重なってやさぐれていたのも束の間。
招待されていたらしい総二郎や滋に桜子、それに後から司も合流し、周囲の目を避け、会場の隅っこで皆で集まる。
話に花を咲かせ、場は一気に騒がしくなった。
尤も、他のメンバーと違って、花を咲かせる場所が頭の中でしかない司だけは、ひたすら牧野一筋に話かけている。
俺たちの存在など軽く無視の司は、牧野が「トイレに行ってくるね」と、場を離れて初めて、会話に参加するという友達甲斐のなさだ。

牧野が居なくなって漸く司とも話が成り立った頃、しかし、再びそれが途絶えた。

一人の女が近づいてきたせいで⋯⋯。

ここは会場の端っこ。
なのに迷うことなく、狙いを定めたように真っ直ぐ向かってくる女は、やがて司の前に立つと妖艶に笑った。

「お久しぶりですわ、司さん。ずっとお会いしたかったのよ」

久しぶりと言うからには、以前にも二人が面識あることを示している。
余裕有り気な笑みを見れば、相手がどんな女であるかは、容易く想像がついた。
つまり────司の昔の女。

空気が一気に張り詰める。
この場には牧野もいる。トイレに行ってるとはいえ、戻って来るのは時間の問題だろう。
何より、昔の女云々を差し引いても『不味い』と思うのは、俺だけじゃないはずだ。
何せ、この女。牧野とは違いすぎる。

即ち────胸がでかい。

走らせたら、ブルンブルンと揺れる迫力ある大きさだ。
これは非常に不味い!

牧野のコンプレックスを刺激するには、お釣りが出るほど充分で、『牧野、まだ戻って来るんじゃないぞ!』と心で願う俺は、巨乳と虚乳が鉢合わせするかもしれない危機を前に、ゴクリ、と喉を鳴らした。

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
  • Posted by 葉月
  •  4